国民の権利制限も、緊急事態宣言とは? 「伝家の宝刀」歯止めに危ぶむ声 新型コロナ特措法成立

参院本会議=3月13日午後

 新型コロナウイルスの感染拡大に備える改正新型インフルエンザ等対策特別措置法が13日、参院本会議で可決、成立した。中でも注目されているのが同法に規定されている「緊急事態宣言」だ。発令されると、強制的に国民の権利が制限される可能性がある。野党の一部や法学者などは「立憲主義の根幹が脅かされかねない」と危ぶんでいる。(共同通信=松本鉄兵)

  ▽特措法の経緯は

  2013年に施行された特措法は、09年に世界的に大流行した新型インフルエンザをきっかけにつくられた。特定の医療機関に受診を希望する人が殺到。空港の機内検疫など水際対策の実効性に疑問の声が出た他、ワクチン接種を巡る政策も迷走した。特措法はこの時の課題を踏まえ、民主党政権時代の12年に成立した(施行は翌年4月)。新型インフルエンザや再興型インフルエンザ、新感染症が対象だった。

  安倍晋三首相は3月2日の参院予算委員会で、今回の感染症が「未知の新感染症には該当しない」として、法改正で適用できるようにしたい考えを表明した。ただ立憲民主党などは、改正しなくても特措法を適用できると主張し、政府対応の遅さを批判してきた。今回の改正では、暫定的な措置として、新型コロナ感染症が対象に加わった。14日に施行される。期間は政令により施行日から2年を経過する日までの間で定める。政府は来年1月末までと決めた。

関西空港の到着便に乗り込む検疫官=2009年5月

  ▽緊急事態宣言とは

  国会審議などで特に注目されたのが「緊急事態宣言」の扱いだ。私権が制限されかねないからだ。ただ緊急事態宣言自体は、今回新たに盛り込まれたわけではなく、12年当時から発令を懸念する声が出ていた。これまで発令されたことはない。

  ではどのような場合に緊急事態が宣言されるのか。

  要件はあいまいだ。同法によると、①国内で感染が発生し、②「全国的かつ急速なまん延」により、国民生活や経済に「甚大な影響を及ぼし、またはそのおそれがある」場合だ。施行令では、季節性インフルエンザに比べて、重篤となる症例の発生頻度が「相当程度高い」ことなどを挙げる。政府対策本部長である首相がこれら要件に該当すると判断した場合、期間や区域を決めて国会に報告するとしている。政府は、専門家の意見を踏まえて判断するとしている。

2月29日、無観客試合となったプロ野球・ロッテ―楽天のオープン戦=ZOZOマリンスタジアム

  宣言が発令されると、都道府県知事は、期間や区域を定めた上で、住民に不要不急の外出自粛を要請できる。また多くの人が利用する学校や社会福祉施設、映画、音楽、スポーツなどの「興行場」の使用制限を要請、指示できる。病院が不足するような事態では、所有者などの同意を得て土地や建物を使用できる。一定の条件を満たせば同意がなくても使用できる。

  医薬品や食品の所有者が売り渡し要請に応じない場合は収用の強制措置も可能だ。また事業者には保管を命令できる。運送事業者には緊急物資の輸送を要請、指示できる。

  ▽懸念

  緊急事態宣言について、菅義偉官房長官は「現時点で直ちに出す状況にない」と説明。同法を担当する西村康稔経済再生担当相も「万が一に備えて準備するものだ」と強調する。宣言は非常時のみに限定される「伝家の宝刀」だとも言う。ただ強い権限を含むため、どのように歯止めをかけるかは大事なポイントだ。

  改正案の成立に当たっては与野党が協議。①やむを得ない場合を除き、国会に事前報告、②緊急事態宣言は専門的な知識に基づいて慎重に判断、③施設の利用制限などを要請する際は経済的不利益を受ける者への十分な配慮、④政府対応の客観的、科学的検証-などを付帯決議に盛り込んだ。

 立憲民主党や国民民主党などは付帯決議によって「国会の関与が強まる」として賛成に回った。

新型インフルエンザ等対策特別措置法改正案を賛成多数で可決した衆院内閣委=3月11日

 特措法をつくった民主党の流れをくむ立民、国民両党としては反対しづらい事情もある。一方、新型コロナ対策で対応が遅れたと批判されている安倍政権は、野党を巻き込み「一体感」を演出する狙いがあったとの見方もある。

  それでは、付帯決議は十分と言えるのか。付帯決議は、条文修正が見込めないと判断した野党が、主張を反映させるために類似の内容を盛り込むことで与党と妥協するときに使われることがある。一定の政治的な効果はあっても法的拘束力はない。事実上たなざらしになる例も少なくない。

  立民の山尾志桜里衆院議員らは3月12日の衆院本会議採決で、党の賛成方針に従わず造反した。山尾氏は「私権制限を伴う法案は、各議員が賛否を通じて責任を負う国会承認が必要だ」と述べた。共産党の穀田恵二国対委員長は「市民の自由と人権に幅広い制限をもたらす。(衆院内閣委員会の審議時間が)わずか3時間で採決するなど断じて許せない」と批判した。

 元上智大教授の田島泰彦氏ら憲法学者や弁護士らによる有識者グループは「強権的な宣言の実施は、真実を隠ぺいし、政府への建設的な批判の障壁となる」などとする緊急声明を発表し、法改正の撤回を求めている。

 憲法改正を目指す自民党は、大規模災害時に内閣に権限を集中する「緊急事態条項の新設」を改憲案に掲げている。今回の特措法改正が「改憲への地ならし」とならないか懸念する声も出ている。

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