トランプ大統領を見て植松被告が感じたこと 人生の意義求めた末に 相模原殺傷、22回接見した記録(下)

 「歌手とか野球選手になれるなら当然そっちを選ぶ」。植松聖被告(30)は2月5日、横浜地裁の法廷で堂々と言い放った。別の楽しい人生だったら事件は起こさなかったというのだ。意味不明な答えだが、被告にとっては筋が通った説明と言えるかもしれない。記者との面会でも「意義深い人生にしたかった」と繰り返していたからだ。被告は、学生時代に望んだ教師にもなれなかった。(共同通信=渡辺夏目)

事件翌日、送検のため神奈川県警津久井署を出る車の中で笑みを浮かべた植松聖被告=2016年7月27日午前、相模原市緑区

 2018年8月、精神鑑定のため立川拘置所(東京)に留置されていた被告は、面会に来た記者に早口でこう漏らしていた。「学生時代から、人生に意義を見いだしたくて悩んでいた」

 小学校教師の父と漫画家の母の下で育った。きょうだいはいない。都内にある私立大に進学すると、小学校の教員を目指した。教育実習も終えて教員免許を取得。だが、教師の道は断念した。「挫折もありました。向いていないと思った」と振り返る。大学卒業後は運送会社に入ったが8カ月で辞め、先に津久井やまゆり園で働いていた友人の勧めで、園に転職した。

 面会中、「自分は遺伝子が良くない」「頭が悪い」と自嘲気味に語っていた被告。金が欲しいのと、世間に評価されたいという気持ちを抱えながら「人生の意義」を求めていた時、米大統領選の候補者だったトランプ氏のニュースを職場のテレビで目にした。

米ホワイトハウスで、インタビューに応じるトランプ米大統領(ロイター=共同)

 トランプ氏との「出会い」は、被告を事件に駆り立てる重要な契機となったようだ。「メキシコとの国境に壁を立てる」。これまで聞いたことのない排外的な政策を強く訴える姿に、心を動かされた。

 「トランプさんは偉大だ。排斥すべきものを排斥するのは当然の行為」。裁判で読み上げられた友人の調書によると、感化されるあまり、知人の結婚式ではトランプ氏を見ならって赤いネクタイを締めたこともあった。

 テレビの中のトランプ氏に共感を覚えた時、ふと目の前の利用者に目をやった。以前から気になっていた保護者や職員の疲れきった表情。日本は借金が多くて大変…。こうした思いが頭の中でつながった。

 「この人たちを殺したらいいんじゃないか」

 言葉にすると、力が湧いてくるのを感じた。「やるべき事が見つかって、目の前が輝き出した」。面会時、うれしそうに当時を思い出して語った。

 妙案を思いついた興奮の中で、事件を予告する衆院議長宛ての手紙を書き上げ、議長公邸に持参した。措置入院させられる結果に終わったが、入院中は苦痛どころか、計画を練る楽しい時間になった。「まとも」に振る舞うことで、早く退院できるようにも努めた。「措置入院後はエネルギーにあふれていた。人生の目的を見つけました」

 弁護側によると、被告は周囲に「自分は伝説の指導者である」と豪語していたようだ。米大統領と自分を重ねていたのだろうか。

 「リンカーンは黒人を解放し、自分は重度障害者を生む恐怖から救った」。面会でもそう自賛し、照れ隠しのように座り直した。差別と偏見で固められた考えが、周囲に理解されると本当に思うのか。記者がこう質問すると、迷わずうなずいた。面会に来た福祉関係者や家族に障害者がいる人から反論されても、「この人たちは頭がおかしい」と考え、耳を貸さなかった。

 一方、公判前の接見ではこんなことも語っていた。「事件を起こして良かったと思うのは、いろんな人が話を聞くために会いに来ること。ぼくも勉強させてもらっている。ぼくもついに、ここまで来たんだ」

 考えは、時間がたつごとに補強されていると被告自身も自覚していた。裁判では「みなさまに深くおわびします」と謝罪の言葉は述べたものの、持論は正しいとの態度は貫いた。被告人質問では、大麻やカジノ、環境問題など事件とはほとんど関係のない政策を提言し、傍聴人を驚かせた。まるで独演会だった。

 3月4日の面会。公判の感想を求めると「弁護人も検察官も責めてくるのかと思ったけれど、自分の考えを聞き出すようにしてくれて感動した」。判決後に控訴する意思はないといい、仮に死刑判決だった場合は「(執行されるまで)描いている途中の漫画を完成させたい」と落ち着いた様子で語った。被告にとっては、裁判も自己実現のための舞台になっていたのかもしれない。

植松被告の裁判裁判が行われた法廷

 ▽取材後記

 美しくなりたい。称賛されたい。なぜなら金が欲しいから―。被告の欲望は極めてシンプルだ。動機の核心がここにあるのだとしたら、とてもやりきれない。誰もできない「世直し」を成し遂げた自分には当然、金も名誉も付いてくると算段した被告。しかし、法廷での言葉は矛盾だらけで稚拙さが露呈し、金どころか死刑求刑という窮地に立たされた。被告にとっては、障害者の人権も平等に守る法律がおかしいのだそうだ。多くの傍聴人は、自説を理解してくれたと信じていた。命がけで実行して後悔していないのかと聞いてみた。「仕方が無いです」。達観したような口ぶりに、悲劇のヒーローに浸っているのだと思った。(終わり)

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