エリートコース捨てロッテで現役続行 前阪神のレジェンド、鳥谷敬内野手

取材後、ポーズをとるロッテに新加入した前阪神の鳥谷敬内野手=3月11日、ZOZOマリン

 前阪神の鳥谷敬内野手のロッテ入団がようやく決まった。

 昨年8月、阪神から「阪神のスターとして引退を」と実質上の戦力外通告を受けたが、2日後には自ら記者会見を開き、今季限りの退団と現役続行の意思を明らかにした。

 そのまま、タイガースに残れば将来の幹部候補生、さらには監督の座も用意されたかもしれないが、退路を断って“一兵卒”の道を選択した。

 シーズン終了後から、移籍先がいくつか噂されていた。本命視されていたのがロッテだ。

 ロッテの井口資仁監督とは古くから沖縄でともに自主トレを行ってきた仲で、太いパイプがあった。

 しかし、意外にも年末から年始にかけても交渉は遅々として進まなかった。最悪の場合は引退も視野に入れながらハワイで孤独のトレーニングに励んだ。

 監督から獲得の意思表示はあったが、ロッテには球団の方針として若返りに舵を切った事情もある。

 球団の「顔」ともいうべき鈴木大地内野手がFAで東北楽天に移籍。一方でチームには昨年ファームで本塁打と打点の2冠王に輝いた安田尚憲内野手や一昨年のドラフト1位で今季こそ1軍定着を狙う藤原恭大外野手ら、楽しみな人材がそろっている。

 投手陣は、ベテランの涌井秀章が楽天に移籍したが、若手有望株を育てる方針だ。そこにビッグルーキー佐々木朗希の入団である。

 今年の石垣島キャンプには例年の倍以上の報道陣が詰めかけて注目度は飛躍的にアップした。

 38歳のレジェンドの入団は若返りを進めるチーム方針とは確かに逆行する。しかし、鳥谷が長く守ってきた遊撃のポジションを見れば、若手の伸び悩みが顕著なのも事実だ。

 昨年、最も多くショートを守ったのは藤岡裕大で81試合の出場。2番手がかつての“ドラ1男”である平沢大河で、複数のポジションを守りながらこちらも51試合の出場にとどまっている。つまり盤石な遊撃手は不在なのだ。

 さらに今春のキャンプでもこの二人が故障などでそろって出遅れている。

 プロ球団の戦力補強は秋のドラフト、FAに新外国人獲得とトレードが基本だ。

 加えてキャンプ、オープン戦を経て思ったように戦力の充実が図れなかった場合に緊急トレードが画策される。

 鳥谷獲得はトレードではないものの後者のケース。若手の刺激とお手本役を見込まれて異例の3月入団となった。

 阪神一筋、16年間の球歴は華々しい。通算2085安打にベストナイン6度、ゴールデングラブ賞5度。顔面に死球を受けながら打席に立ち続け、1939試合連続出場は歴代2位である。

 だが、近年は出番が減って、成績も下降線をたどっていた。ロッテとの契約は単年で、年俸は推定1600万円。背番号も「00」と、まさにゼロからのスタートとなる。

 行く先が決まらない冬の間もトレーニングに励んできたが、本格的な打撃練習はできず、まずはファームでの調整となる。

 守りも慣れ親しんだ遊撃、三塁だけでなく二塁、一塁まで挑戦、内野の「スーパーサブ」として首脳陣は期待する。

 世の中は新型コロナウイルスの感染拡大でスポーツどころではない状態が続いている。

 高校野球のセンバツ大会は史上初の中止に追い込まれ、3月20日開幕予定だったプロ野球の公式戦も延期が決まった。

 球界全体の衝撃は計り知れないが、鳥谷にとっては調整の遅れを取り戻す貴重な時間となる。

 「彼の練習量は現役選手の中でも1、2」と井口監督が語るほどの練習の虫。

 阪神でのエリートコースを自ら捨てて新天地に飛び込んだ男の見詰める先は、1軍での活躍と拾ってくれた監督への恩返し、もちろん秋の胴上げだ。

 「あと何年できるか分からないが、自分が納得した形で野球人生を終われるように現役続行を選択した。もちろん野球をやる以上はレギュラーを目指します」

 物静かな職人肌の名手の体には、見た目以上に激しい血が流れている。

荒川 和夫(あらかわ・かずお)プロフィル

スポーツニッポン新聞社入社以来、巨人、西武、ロッテ、横浜大洋(現DeNA)などの担当を歴任。編集局長、執行役員などを経て、現在はスポーツジャーナリストとして活躍中。

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