新型コロナ対策が政府不信を招いた理由 安倍政権にあらためて問われる情報公開

記者会見する安倍首相=2月29日、首相官邸

 政府による新型コロナウイルス感染症の対応は、小中高校の一斉休校の要請という形で、私たちの日常生活に直接介入することとなった。2月27日、安倍晋三首相を本部長とし閣僚らで構成する対策本部会議で突如決定され、同29日に首相が記者会見、3月2日から休校と急展開し、国民の間には動揺が広がった。

 ここで問題にしたいのは、政府が、国民の理解を得るだけの十分な根拠を示しているかだ。意思決定の過程とともに事実を客観的に情報公開することは、感染が日々拡大し、国民の不安が高まっている現在、特に求められる。しかし逆を行くのが、決めたことを知らせて説得することに偏重した、安倍政権の情報公開に対する姿勢ではないか。(情報公開クリアリングハウス理事長=三木由希子)

 ▽政府が犯した失敗

 政府がそれまでに公開した情報には、一斉休校要請の必要性を裏付ける根拠やデータがなく、多くの国民がそこまでする必要があるとは考えていなかった。

 もちろん、感染症への対応は現在進行形であり、政府内で一時的な混乱が生じたり、時には首相が政治判断を迫られたりすることもあるだろう。しかし、多くの人に協力と理解、負担を求める中で、情報公開の遅れや不徹底、意思決定の不透明さは、新たなリスクや負担、混乱の原因になる。

参院予算委で答弁する加藤厚労相。手前左端は安倍首相=3月2日

 実際に起きた混乱の一つが、感染の有無を調べるPCR検査を巡ってであろう。政府は、1日あたりの検査可能件数について、2月18日までに3800件に拡充したと発表した。ところが同18日~24日の実施件数は1日平均約900件にとどまったことが、2月26日の国会審議で明らかになった。また、保健所が検査を断った事例があることも判明した。

 こうした状況から何が生じたか。「感染事例を少なく見せかけるために、検査を制限しているのではないか」「重症化しないと検査してもらえないのではないか」といった政府への不満、不信だ。

 政府が広報したかったのは、1日あたりの検査可能件数が「拡大した」との点。それに偏重した情報発信を続けた結果、政府発表と現実とのギャップを肌で感じていた国民が不信感を募らせたのだ。検査の実施状況や条件など、国民の理解を得るための情報を伝えないという失敗をしている。

 加藤勝信厚生労働相は3月5日、都道府県別の検査実施件数を公表する意向を示し、10日になってようやく公表した。現状を客観的、迅速に伝えようとしない姿勢が、国民の不安や不信を招いていることを政府は自覚するべきだ。

新型コロナウイルス感染症対策本部会合=2月27日午後

  ▽異例の事態

 小中高校の一斉休校要請に話を戻したい。これは2月27日の第15回対策本部会議で首相が表明し決まった。政治決断と言えば聞こえはいいが、なぜこのような決定を行ったか、何を根拠としたのか記録はまだ出ていない。

 3月13日時点で、対策本部会議は19回開催されているが、公開された議事概要は第11回(2月18日開催)までだ。いずれも1回あたり10~15分程度で、実質的な議論をしていないのは明らかだ。公表済みの議事概要にも、事前に用意されたと思われる首相や閣僚たちの発言のみが記録されている。

 一斉休校を決めた第15回会議も10分で終わったことを考えれば、今後概要が公開されたとしても「決定した」事実しか分からないかもしれない。しかし、対策本部会議での首相の発言や決定した内容が意思決定の証拠となるので、極めて重要だ。この時の議事録だけでも早急に明らかにする必要がある。

 行政組織は、意思決定を文書で残して執行する「文書主義」を原則としている。この重要な局面で、意思決定内容の文書がないのは、異例の事態というべきだ。

自宅滞在できない子どもたちの預かりのため、学校に向かう保護者と児童ら=3月2日、さいたま市

 ▽ブラックボックス化する連絡会議

 一方、国会答弁などによると、一斉休校は、対策本部会議前に開かれた「連絡会議」で実質的な議論が行われたことが判明している。安倍首相の下、菅義偉官房長官や加藤厚労相、官僚らが協議して判断したとされる。つまり対策本部は、事前調整や協議が終わった案件を追認し最終決定する場に過ぎないと考えられる。

 そうであれば意思決定に至る重要な過程である連絡会議の記録を残さなければ意味がない。公文書管理法が、過程の文書作成を義務づけているのもそのためだ。ただ連絡会議の議事録は作られていないという。驚くべきことだ。記録保存の重要性を理解していないのか、残せない理由があるのかと疑われても仕方ない。

 ところで、政府は3月10日になって、今回の感染症が行政文書管理ガイドラインの定める「歴史的緊急事態」に当たると閣議了解した。文書保存に向けて、何かすごいことをするかのような印象を与える。ただガイドラインは、歴史的緊急事態かどうかに関わらず、対策本部や専門家会議の議事録作成を義務づけており、当然のことをやるに過ぎない。そもそも歴史的緊急事態としたことで、作成・保存される記録の範囲をどこまで広げるのか、具体的なことは何も語っていない。

政府の専門家会議=3月9日

 さらに安倍首相は、連絡会議について「政策の決定や了解を行う会議」には該当しないとして、何らかの記録は作るが、議事録作成には否定的だ。これでは、一斉休校などさまざまな判断がどのようになされたか、国民が知ることができないだろう。将来の教訓として生かすこともできない。

 ▽政治判断であいまいになる責任の所在

 PCR検査や一斉休校をはじめ一連の感染症対策では、意思決定プロセスの不透明さが浮き彫りとなった。「説明責任が不十分だ」と政府への批判が出ているのは、経過の記録が適切に作成・共有できていないことと無関係ではない。政治判断や専門的見解というと、それだけで責任が明確に見えがちだ。ところが、後で検証できなければ責任はうやむやになってしまうことを、私たちは忘れてはならない。意思決定やその経緯、データ、関与した人物、活動記録などを公文書として残して、ようやく説明責任を果たしたことになるからだ。

 安倍政権の公文書管理や情報公開に対するこれまでの姿勢は、その対極にあった。政治問題化すると公文書の改ざん、廃棄、隠ぺいが行われたし、政策決定に合わせた調査データの不正もあった。こうした問題は、今回の感染症対策では起こらない、起こさないことを政府はどう証明するのか。それが問われている。

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