フランス人がパリで造った「日本酒」はどこがすごいのか

日本酒がパリでフランス人の手により造られる時代になりました。手がけるのはニコラ・ジュレスさん。「AYAM(アヤム)」と名付けられたその清酒は、ジュレスさんが経営するパリ唯一のジン蒸留所「ディスティルリー・ド・パリ」で醸されています。

ジュレスさんは2019年11月に自身が手掛けた清酒150本を初めて出荷。翌1月にはほぼ完売させる好調な滑り出しになりました。パリ10区にあるジュレスさんの店舗で、酒を造るようになった経緯をうかがいました。


フランス人の僕にしか造れない清酒

「もともと僕自身が日本酒の大ファンなんです。父の代から経営している食材店でも、もう20年も前から日本酒を販売しているくらいなんですよ。弊社のジンが日本で販売されるようになった2016年頃からは、頻繁に日本を訪問しています」(ジュレスさん)

日本滞在時は酒蔵を見学し、杜氏の話を聞く機会を得ることもありました。しかしそれはパリで清酒を造るためではく、純粋な知的好奇心だったといいます。

「日本文化と杜氏の仕事に心から敬意を抱く僕としては、パリでそのモノマネをするなんて全く無意味でしたから」(同)

ところがジュレスさんは、パリでの清酒造りに舵を切ることになりました。

「フランス人の僕にしか造れない清酒を造りたいと思ったんです。ワインの国の人間が造る、日本にはない清酒です。最終的に目指したのは、原料の味がはっきりとわかるもの。日本酒に関する文献を勉強すればするほど、日本酒とは最終的に綺麗な水を目指した飲料なのだと納得させられましたので」(同)

日本にはない、フランスならではの清酒

いわば、日本人が追求してきた日本酒の、正反対。それを造り出すために、ジュレスさんは原料の米を磨かず、玄米のまま使用します。ワインを造るときにブドウの皮をむかないことが、ヒントになったのだそう。米はもちろんフランス産です。

フランスきっての米の名産地である南仏カマルグの、一般的な短粒米と、赤米を使います。麹は、日本から持ち帰った麹と、中国の黄酒に使う麹を混ぜて造った、ハイブリッド麹。2種類の米を使うことも、ハイブリッド麹を使うことも、さらには無濾過で瓶詰めすることも、全ては原料の味を際立たせるための選択なのだそうです。

こうして完成した「原料の味がはっきりとわかる清酒」アヤムは、やわらかな黄色に薄雲をかけたような、優しい色味を持っています。この色味も原料の米そのものの色です。気になるお味は……。

確かに、今までに飲んだことのない風味。これは、「日本酒」という先入観を持って飲んではいけないのかもしれません。アヤムの味を、ジュレスさんは「ジュラ地方のヴァンジョーンヌや、スペインのフィノのよう」と表現します。つまりドライで、強い麹の香りがする、SAKEなのでした。

現代フランス人に清酒が合う理由

このパリ産清酒アヤムの誕生を、現代のパリ市民たちの消費傾向に照らし合わせると、今のパリの流行が見えてきます。

1つ目は、フランスで「ビオ」と呼ばれるオーガニック製品への強い支持です。ビオを選ぶ人たちは、ローカルプロダクト(地産地消)であることを意識しており、この傾向は 「アジャンス・ビオ」(オーガニック農業を支援する公共団体)のデータからもわかります。オーガニック製品全体の売り上げは、9年間で278%増加。ビオを選ぶ際の基準としても「ローカルプロダクトであること」「フランス産であること」がトップ5にランクインします。

もう1つは、ナチュラルワインブームに代表される自然派嗜好です。オーガニックブドウを使ったオーガニックワインとはまた別に、酸化防止剤を添加しないナチュラルワインを選ぶ人たちがフランスでは増えており、パリの若者の集まるエリアのワインバーは、ナチュラルワインに特化しているところが非常に目立ちます。

「日本酒はワインと違って、酸化防止剤を使いません。酸化防止剤アレルギーの人でも、安心して飲むことができます。また、ヴィーガンのニーズにも応えることができます。ワインは濾過の過程で少量の卵白を使うので、ヴィーガンは無濾過ワインを選んでいますが、日本酒はそもそもの最初からヴィーガンです」(ジュレスさん)

米、麹、水、というごくシンプルな素材を原料とする清酒は、現代のフランスの人々のニーズに応えるナチュラルなアルコールです。

「2019年11月に瓶詰めした150本は、弊店1店舗だけの取り扱いで、翌1月までに宣伝もせずにはけました。日本酒は一般的なフランス人にとって、まだまだ未知の存在です。飲んだことがなく、手にしたこともないという人が多い現状での150本です。理由は、ワイン的なドライな味わいであることや、自然派であること、ローカルプロダクトであることなどの要因が絡み合った結果だと思います」(同)

自然派、ローカル……パリで清酒を造るジュレスさんの活動は、単に「パリで醸された」というだけでなく、フランスにおける現代のニーズに応えるものなのです。

Keiko Sumino-Leblanc / 加藤亨延

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