〝南極気象台〟を支える人たち 「しらせ」乗組員には予報士

 夏隊が帰国した後も南極の昭和基地に残り、約1年間を過ごす南極観測隊の越冬隊は約30人。例年、そのうち5人を気象庁職員が占めている。交代しながら24時間態勢で観測に当たっている自称〝南極気象台〟。どんなことをやっているのだろうか。前回(https://this.kiji.is/608493248642172001?c=39546741839462401)に引き続き、「ペーパー予報士」の記者が報告する。(気象予報士、共同通信=川村敦)

南極観測隊に派遣され、上空の気温などを測る気球を放つ気象庁職員=1月7日、昭和基地(共同)

 ▽長期間の基礎データ

 「南極は観測点が少ない。長期間、データの品質を保って観測を続けることは重要で、あらゆる研究の基礎になる」。2月から昭和基地で越冬生活を始めた第61次南極観測隊の気象庁職員、高見英治(たかみ・ひではる)さん(40)は、観測の意義をこう説明する。

 気象庁が観測隊へ職員の派遣を始めたのは1956年出発の第1次隊から。以来、途切れることなく続いている。

 高見さんによると、観測しているものには、まず地上気象がある。気温や湿度、風向風速、気圧などについて、機器を使って連続的に測っている。これらは日本国内と変わらない。

 それから、1日8回3時間おきに行う雲の種類や量などの目視観測。国内の気象台では、目視観測を廃止する傾向にあるが「南極ではやめる計画はまったくない」と高見さん。  

 「ゾンデ」と呼ばれる気球を揚げて上空の気温計測、「光度計」という装置を用いたオゾン観測など、項目は多岐にわたる。ゾンデ観測は1日2回、午前と午後のそれぞれ2時半。雪を伴った激しい嵐「ブリザード」の日でも、原則としてこれを欠かすことはできない。

 南極らしさを感じたのが、このゾンデ観測。国内でも続けている気象台はあるが、南極の場合、寒い時期には期待する高度に達する前に気球が割れてしまう。そのため、気球を灯油に漬けてから揚げるという工夫をしている。こうすることで割れにくくなることが経験的に知られており、効果は間違いなくあるという。

 観測機器の保守管理も重要な仕事で、ブリザード後の点検は骨が折れる。2回目の越冬となる高見さんは「昔に比べ、自動化で楽になった部分はあるが、業務量として非常に多い。寒いと作業効率も落ちる。機器が壊れても、業者に来てもらうわけにはいかない」と苦労を語る。

 昭和基地での観測活動の拠点は昨年12月、数十年にわたって使い続けた「気象棟」に別れを告げ、新築2階建ての「基本観測棟」に移った。分散していた観測系の建物の機能を集約し、電離層など気象以外の部門の拠点にもなる。

 苦労もある中、南極観測隊に参加する魅力を高見さんはこう語る。「冬になると夜も長くなり、地球で一番きれいな星が見られる。全然違う分野の人と暮らすのも面白みだ」

南極観測隊の海洋観測の支援作業をする鈴木功曹長(左)と村山英也3佐

 ▽海自乗組員の中にも気象担当8人

 南極で天気の予想や観測に当たっているのは、昭和基地にいる気象庁職員だけではない。基地まで観測隊員を運ぶ観測船「しらせ」を運航する海上自衛隊の乗組員の中にも、気象の担当者が8人いる。南大洋では大荒れともなれば8メートルもの波が襲い、海氷が流されれば航路も変わる。基地までの往復路で行う観測隊の海洋観測にも影響するため、気の抜けない重要な任務だ。

 南極大陸を取り巻く南大洋は、大陸の冷たい空気と海上の暖かい空気が混じり合ってひんぱんに低気圧が発生する。

 担当者の鈴木功(すずき・いさお)曹長(46)によると、予想するのは6日先までの天気、風向・風速、見通しが利く距離の「視程」、波の高さなど。予想天気図や波の高さの予想図と併せて艦内に張りだしてある。

 予想のためにまず重要になるのが実況値の把握だ。しらせに設置された機器は、気圧や気温、海面水温などを連続的に観測する。さらに目視で波の高さや海氷の厚さ、雲の形などをチェックする。ただ、気象レーダーはなく、衛星画像の更新頻度も国内に比べれば少ない。

 気象庁と同様に欠かせないのがスーパーコンピューターによる予想結果の「数値予報資料」だ。日本にある海自のオフィスから衛星回線を通じ、メールで送ってもらっている。が、通信事情の関係もあり、やはり資料は限定的だという。

 「土地勘がなく、感覚をつかむのが大変。限られた資料のひとつひとつを丁寧に見ている」と苦労を話す鈴木さん。

 昔から自然科学に興味があり、希望して気象の職種についた。広島・江田島にある「第1術科学校」で半年ほど気象を学び、約20年の経験がある。しらせに乗るのは今回が初めてで、10年来の希望がかなったという。

 今回、しらせの担当者の中には、気象予報士の資格を持つ人もいる。チームを束ねる気象長の村山英也3佐(49)は17~18年前に資格を取った。「天気によって計画を組み替えないといけない。燃料や、行動のタイムリミットもある。計画の範囲内で観測隊には最大限の観測をさせてあげたい」と意気込みを語ってくれた。観測隊の海洋観測の支援も重要な業務なのだ。

天気図が掲示されたホワイトボードの前に立つ海上自衛隊の鈴木功曹長(右)と村山英也3佐(中央)=2月、南極観測船「しらせ」艦上(共同)

 ちなみに、気象予報士の資格は、気象庁以外の者が天気予報をするために必要なもので、気象庁職員は資格を持っていなくても予報業務に当たることができる。

 むろん、記者のように自分自身の勉強のためという人や趣味で取得する人もいる。

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