900円追加で“超グリーン車”級の新型特急

「鉄道なにコレ!?」第8回

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大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

共同通信社編集局経済部次長

大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

共同通信社編集局経済部次長

1973年東京都生まれ。97年に入社し、松山支局、本社経済部、ニューヨーク支局などを経て2016年10月から現職。運輸と旅行、国際経済の分野を長く取材し、日本一の鉄道旅行を毎年選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」の審査委員を務めている。

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近畿日本鉄道が3月14日に運転を始めた新型特急「ひのとり」=2月5日午 後、大阪府東大阪市(筆者撮影)

 東北・北海道新幹線(東京―新函館北斗間)の「はやぶさ」E5系などに設置されたグリーン車を超える最上級クラス「グランクラス」。体験したいけど、高くて手が届きにくい―。そんな利用者にお薦めなのが、関西の私鉄大手、近畿日本鉄道が3月14日に近鉄名古屋―大阪難波間で運転を始めた新型特急「ひのとり」の「プレミアム車両」だ。座席の前後間隔はぜいたくにも1・3メートルに及ぶ。列車としては、グランクラスと並んで国内最大級ながら、大人で900円の追加料金を支払えば乗ることができる。競合区間の東海道新幹線の自由席より安い。デビューに先駆けて開かれた報道向け試乗会に自腹で駆け付けた。(共同通信=大塚圭一郎)

 ▽1両当たり2億5600万円

 形式が80000系のひのとりは、大きなガラスを用いた流線形の先頭デザインが特色。メタリックレッド色で彩り、翼を大きく広げて飛ぶ「火の鳥」をイメージしている。近鉄の名阪特急で活躍している白い車体にオレンジ色のラインが入った「アーバンライナー・ネクスト」21020系と「アーバンライナー・プラス」21000系とは見た目が大きく異なる。名阪特急が新たな車両を投入するのは、アーバンライナー・ネクストが登場した2003年以来、約17年ぶりだ。

ひのとりのプレミアム車両の座席=2月5日午後(筆者撮影)

 近鉄は今年の東京五輪・パラリンピックや25年の大阪・関西万博を追い風に、外国人を含めた旅行者を沿線に呼び込みたい考えだ。目玉の一つと位置づけるのがひのとりで、21年3月末までに6両編成と8両編成の計11編成、合わせて72両を投入する。導入完了後は、近鉄名古屋駅または大阪難波駅を、原則として毎時0分に出発し停車駅が少ない速達タイプの全てがひのとりとなる。

 投資額は184億円で、単純平均すると1両当たり2億5600万円。1両1億5千万円前後とされる通勤電車の倍近い。豪華な車内空間を演出しようと、インテリアにふんだんの予算を投じた。

 新型コロナウイルスによるイベント中止の動きが広がる前の今年2月5日、ひのとりで近鉄大阪線の大阪上本町駅(大阪市)と榛原駅(奈良県宇陀市)を往復する報道向けの試乗会に招いていただいた。いち早く乗車できる貴重な機会を棒に振るわけにはいかないと思い、私は休暇を取って大阪市までの交通費を自己負担して参加した。

 ▽赤じゅうたんのVIP空間

 まるで翼を休めているように大阪上本町駅に止まっていたひのとりは、真新しい発光ダイオード(LED)の行き先表示器に「試乗会」と記していた。先頭のプレミアム車両の扉をくぐり、床を高くしたハイデッカーの客室に入るためにステップを上がって自動扉をくぐると、赤じゅうたんが敷かれたVIP空間が待ち受けていた。

 プレミアム車両は、横に3列、1両に計21席だけで両端の計2両だ。クリーム色の本革座席はボタンを押すだけで背もたれが倒れ、フットレストを動かすことができ、ヒーターも内蔵している。高さを変えられるまくらまで備えている。「どこかで乗った覚えがある座席だな」と思った次の瞬間に気付いたのが、新幹線のグランクラスの座席だ。実際、どちらも座席の前後間隔は1・3メートルと鉄道で日本最大級だ。

ひのとりのプレミアム車両から眺めた先頭の風景=2月5日午後、大阪市(筆者撮影)

 大阪難波―近鉄名古屋間(約190キロ)をプレミアム車両で移動した場合、乗車券と特急料金のほかに大人で900円が必要で合わせて5240円となる。東北新幹線のはやぶさや北陸新幹線のグランクラスで同じくらいの距離を移動した場合、飲料や軽食のサービスがなくても、乗車券と特急料金のほかに5250円(200キロまで)が上乗せされる。

 つまりほぼ同じ距離にもかかわらず、グランクラスの追加料金よりも10円安い合計料金を支払うだけで、グランクラス風の体験ができるのだ。しかもひのとりのプレミアム車両はフロントウインドーが大きく運転席越しに前方の景色を満喫できるのだ。

 ▽新幹線を相手に“逆転の発想”

 同じ名阪間を東海道新幹線「のぞみ」の新大阪―名古屋間の普通車指定席に乗った場合、大人で6680円(通常期)かかるため、ひのとりのプレミアム車両のほうが1440円安い。「のぞみ」の自由席(5940円)と比べても700円安いのだ。ここに「くつろぎのアップグレード」というコンセプトを掲げ、競合する東海道新幹線とすみ分けようとする近鉄の戦略が透けて見える。

ひのとりのレギュラー車両=2月5日午後、奈良県宇陀市(筆者撮影)

 近鉄名古屋と、JR大阪環状線と接続する鶴橋(大阪市)の間では最短でも1時間59分かかり、東海道新幹線「のぞみ」が名古屋―新大阪間を最短48分で結んでいるのと比べて1時間以上も長くかかる。スピード競争ではかなわない分、ゆったりとぜいたくに、お得に過ごしてもらおうと考え出されたのがひのとりというわけだ。まさにデメリットをはね返す“逆転の発想”だ。

 プレミアム車両以外の「レギュラー車両」も、座席の前後間隔は1・16メートルとJRの特急のグリーン車並み。プレミアム車両と同じく座席の後ろ側に「バックシェル」という覆いがあり、背もたれをどれだけ倒しても後ろの座席に響かない。このため気兼ねせずに好きな角度までリクライニングでき、バックシェルを全席に設けた列車は国内初だ。

 開発責任者の深井滋雄・近鉄技術管理部長は「今までのアーバンライナー(ネクスト・プラス)よりワンランクも、ツーランクも上にした。新幹線ほどの速達性を求めず2時間をくつろいで過ごしたい利用客を是非増やしたい」と意気込む。

ひのとりの開発責任者を務めた近畿日本鉄道の深井滋雄技術管理部長=2月5日午後、大阪市(筆者撮影)

 足元では新型コロナウイルスの感染拡大懸念を背景に、旅行や出張を手控える動きが広がる。ひのとりはデビューから出ばなをくじかれた格好だ。ただ、永遠の時を生きるとされる伝説の鳥「火の鳥」から命名したのに似つかわしく、新型ウイルスの終息後に息の長い活躍を続けることで旅行需要を盛り上げることを強く期待したい。

 【近鉄名阪特急】JR名古屋駅に近い近鉄名古屋と、大阪市中心部の大阪難波駅を結ぶ特急列車。1947年10月に近畿日本名古屋(現近鉄名古屋)―上本町(現大阪上本町)間で運転を始めた近鉄の看板特急の一つ。現在は近鉄名古屋駅または大阪難波駅を原則として毎時0分に出発するのが、停車駅が少ない速達タイプ。途中で津駅と、大阪市中心部の鶴橋、大阪上本町両駅に止まる。主に毎時30分に出発する停車駅が多いタイプの列車は三重、奈良両県内の主要駅にも停車する。

2021年3月末までに全て引退し、廃車になる近畿日本鉄道の車両12200系=2月5日午後、大阪府八尾市(筆者撮影)

 70年の大阪万博を控えた69年に登場した車両12200系は、「ひのとり」への置き換えに伴って2021年3月末までに全て引退して廃車となる。アーバンライナー・ネクストとアーバンライナー・プラスは、停車駅が多いタイプの列車で運行を続ける。

 ※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まりました。更新時期は不定期ですが、月に1回のペースを目指します。ぜひご愛読ください!