実娘に性的虐待、逆転有罪の理由 起訴内容から「抵抗できない精神状態で生活」削除

By 竹田昌弘

 実の娘(当時19歳)に対する準強制性交の罪に問われた男性被告(50)の控訴審判決で、名古屋高裁は12日、無罪とした一審名古屋地裁岡崎支部の判決を破棄し、検察側の求刑通り、懲役10年を宣告した。昨年3月26日の一審判決は、性暴力に無理解な社会や法制度に抗議する「フラワーデモ」が始まるきっかけの一つとなり、今回の判決が注目されていた。刑法で準強制性交の罪が成立するための要件とされている「抗拒(抵抗し拒否すること)不能」を巡る事実の評価を一転させ、起訴内容から「抵抗できない精神状態で生活」を削除して有罪とした。二つの判決を詳しく解説する。(共同通信編集委員=竹田昌弘) 

名古屋高裁前で「勝訴」と書かれた紙を掲げる「フラワーデモ」の参加者ら=3月12日

■一審から「意に反した性行為」と認定

 準強制性交の罪に問われるのは、相手の同意がない上、刑法178条2項で「人の心神喪失(精神的または生理的な障害で正常な判断能力を欠く)もしくは抗拒不能に乗じ、または心神を喪失させ、もしくは抗拒不能にさせて、性交等をした者」とされている。罰則は強制性交の罪と同じ5年以上の有期懲役だ。 

 被告は「同居の実子であるAさんが、かねてから被告による暴力や性的虐待などにより、被告に抵抗できない精神状態で生活しており、抗拒不能の状態に陥っていることに乗じて、2017年8月と9月の2回、被告の勤務先が事務所として使っていた建物内やホテルで性交した」(要旨)などとして起訴された。 

 一審判決によると、被告・弁護側は公判で、Aさんとの性行為は認め「Aさんは抗拒不能の状態にはなく、性行為に同意していた。仮に抗拒不能の状態にあったとしても、被告はそれを認識していなかった」と起訴内容を否認し、無罪を主張した。Aさんは公判で、性行為に同意したことはなく「気持ち悪い、嫌だ」という心情を抱いていたと供述した。母親とは不仲で、不信感を抱いていたため、被告との性行為を含め悩みごとを相談することはできなかった。 

名古屋地裁岡崎支部の鵜飼祐充裁判長(司法大観より)

 地裁岡崎支部(鵜飼祐充裁判長)は、まずAさんが性行為に同意していたかどうかについて、▽父親は通常、性的関心の対象になり得ない、▽異常ともいえる被告との性行為を弟らに告白している、▽弟らを同じ部屋に寝かせることで、被告との性行為を回避した時期があった―などの点から、被告との性行為はAさんの意に反していたと認めた。 

■「性交拒否は著しく困難」と解釈

 その上で、鵜飼裁判長は抗拒不能について「行為者と相手方との関係性や性交の際の状況などを総合的に考慮し、相手方において、性交を拒否するなど、性交を承諾・許容する以外の行為を期待することが著しく困難な心理状態」と解釈し、次の各点を詳細に検討した。 

 ①Aさんは中学2年の頃より、抵抗しても意に反する性行為を繰り返されるうち、抵抗する意思や意欲を奪われ、被告の精神的支配下に置かれていた。Aさんが専門学校に入学後、学費ばかりか生活費まで被告から借金した形にされ、Aさんは経済的な負い目まで感じて、被告による支配状態が以前より強まった。 

 ②17年7月後半から起訴された8月の事件前日までの間には、Aさんが性行為を拒み、被告からこめかみの辺りを数回拳で殴られ、太ももやふくらはぎを蹴られた上、背中の中心付近を足の裏で踏みつけられたことがあった。ふくらはぎ付近に大きなあざができるなどしたが、これ以前は「暴力を受けた頻度はさほど多くなく、執拗(しつよう)なものでもなかった」と供述していることなどから考えると、耐えがたい性行為を受け入れ続けざるを得ないほど極度の恐怖心を持たせるような強度の暴行だったとは言いがたい。 

 ③Aさんは両親の了解なく大学への入学を決めたが、必要な費用を全額納付できず、その後、両親の反対を押し切って専門学校へ進学した際、被告に入学金などを負担させたほか、被告から求められた家事の手伝いを十分しないなど、日常生活では、被告の意向に逆らうことが全くできない状態だったとは認めがたい。 

 ④起訴された事件当時、Aさんは「抵抗するのを諦めている状態」と供述しているが、被告に暴力を振るわれても抵抗を続け、性行為を拒否できたことがあった。弟らに被告との関係を相談し、弟らの協力で被告との性行為を回避できた期間もある。弟らの生活を考えて警察への通報は思いとどまり、9月の事件直前には、事情を知る友人からたしなめられても、被告の車に自ら乗った。

■自白調書排除、検察側立証が不十分 

名古屋地裁岡崎支部の庁舎(裁判所のホームページより)

 鵜飼裁判長は①~④から「被告がAさんの人格を完全に支配し、Aさんが被告に服従・盲従せざるを得ないような強い支配従属関係にあったとまでは認めがたい」と述べ、事件当時のAさんの心理状態について「性交に応じなければ生命・身体等に重大な危害を加えられるおそれがあるという恐怖心から抵抗することができなかったような場合や、相手方の言葉を全面的に信じ、これに盲従する状況にあったことから、性交に応じるほかには選択肢が一切ないと思い込まされていたような場合などの心理的抗拒不能状態とは異なる」として、抗拒不能の状態と認めず、被告に無罪を言い渡した。 

 一審公判では、捜査段階でAさんを精神鑑定したB医師が「離人状態」(現実感が一時的に失われた状態)に陥っていたと推測できるとの鑑定意見を出し、検察側はこれを抗拒不能の根拠の一つと主張したが、鵜飼裁判長はAさんの事件当時の記憶が比較的良く保たれている上、離人状態の程度に関する心理検査も実施されていないことから「抗拒不能の裏付けとなるほどの強い離人状態とは判断できない」として退けた。 

 また被告が暴力と性的虐待の繰り返しにより、Aさんは被告に抵抗できなくなっていたと認めるなどした自白調書について、鵜飼裁判長は取り調べの様子を録画した映像には「(調書の自白に)対応する被告の供述が見当たらないか、検察官が断定的に問いただした内容に対して、被告が明示的に否定しなかったことをもって、被告が供述したかのような内容として記載されていることが確認できる」として、これらの自白調書を判断材料から排除した。そもそも検察側による有罪立証には問題があり、十分ではなかったとみられる。

■「人格完全支配まで要求」と一審批判

名古屋高裁の堀内満裁判長(司法大観より)

 こうした一審判決に対し、名古屋高裁(堀内満裁判長)の控訴審判決では、Aさんの意に反する性行為との認定は踏襲。抗拒不能の状態は、強制性交罪が成立するための要件とされている「暴行または脅迫」について、最高裁が1949年5月10日の判決で、相手方の抵抗を不可能にする程度までは必要なく、抵抗を著しく困難にする程度であれば足りるとしていることとの均衡から、次のように解釈された。 

 「相手方の年齢・性別、相手方との関係、犯行に至る経緯、犯行の行われた時間・場所・周囲の状況その他具体的事情を踏まえ、相手方において、物理的または心理的に抵抗することが著しく困難な状態であれば足りる」 

 堀内裁判長は一審判決の「性交を拒否するなど、性交を承諾・許容する以外の行為を期待することが著しく困難な心理状態」という解釈も、この範囲で適用されれば正当としつつ、検討の過程で、抗拒不能状態の成立に「被告の意向に逆らうことが全くできない状態」「人格を完全に支配」「服従・盲従せざるを得ないような強い支配従属関係」といったものまで要求していると批判。「人格の完全支配といった性的自由を超えたものを想定しているかのような法解釈は、一貫性に欠ける」と判断した。

実の娘に対する準強制性交事件の控訴審判決が言い渡された名古屋高裁の法廷=3月12日

■「実子に対する継続的な性的虐待の実態を十分評価していない」

 次いで一審判決の①~④に言及する。①の抵抗しても意に反する性行為が繰り返され、抵抗する意思や意欲を奪われた上、経済的な負い目まで感じ、被告による支配が強まったという認定を前提にすれば、堀内裁判長は一審判決で抗拒不能と解釈された「性交を拒否するなど、性交を承諾・許容する以外の行為を期待することが著しく困難な心理状態」にあったのではないかと指摘した。 

 ②の極度の恐怖心を持たせるような強度の暴行とは言いがたいとの認定は「被告の暴行が、反復継続して行われた性的虐待の一環であることを十分に踏まえなかった」と否定。③の日常生活では被告の言いなりではなかったことを、抗拒不能を否定する方向で評価したことも、一審でのB医師の証言で、性行為以外の日常生活で自由に行動できることと性交時の抵抗が困難になることとは両立しうると明らかにされていたとして、堀内裁判長は「専門家証言の軽視とそれによる判断の誤り」とした。 

 ③については、一審判決後、検察側の嘱託で新たにAさんを精神鑑定したC医師も、性的虐待が行われている一方で、普通の日常生活が展開されているということは、虐待のある家庭では普通のことと控訴審で証言していた。 

 堀内裁判長は④の事情についても、Aさんは被告に性行為を断念させたことがあったものの、大きなあざを負う暴力を振るわれた上、「金を取るだけ取って何もしないじゃないか」と経済的な負い目を覚えさせる言葉を浴びせかけられ、抵抗の意思・意欲が奪われたことを考えると「むしろ抗拒不能状態が強まったとみることができる」と述べた。弟らの協力で性行為を回避できた期間はあったが、その後、被告による性的虐待の頻度が増したことも、同様に評価できるとの見方を示した。

  警察への通報を思いとどまったことや9月の事件直前、友人からたしなめられても被告の車に自ら乗ったことも、抗拒不能を肯定する事情とも考えられるとして、堀内裁判長は一審判決の事実評価をことごとく否定し「(起訴された事件は)父親が実の子に対し継続的に行った性的虐待の一環であるという実態を十分に評価していない」と断じた。

名古屋高裁と名古屋地裁の合同庁舎=2月29日撮影

 ■「抵抗できない精神状態で生活」なければ…

 名古屋高裁は事件当時、Aさんは抗拒不能状態と認める一方、被告の罪となるべき事実は起訴内容の全てではなく、起訴内容から「(Aさんが)被告に抵抗できない精神状態で生活しており」を削除し「暴力や性的虐待などにより」を「性的虐待や暴力などにより」と改めた内容を罪となるべき事実と認定し、被告を有罪とした。被告の罪となるべき事実は次の通り。

 「同居の実子であるAさんが、かねてから被告による性的虐待や暴力などにより抗拒不能の状態に陥っていることに乗じて、2017年8月と9月の2回、被告の勤務先が事務所として使っていた建物内やホテルで性交した」(要旨)

 起訴内容に「(Aさんが)抵抗できない精神状態で生活」が当初からなければ、地裁岡崎支部は抗拒不能の状態かどうかの検討で「人格の完全支配」などまで踏み込まなかったかもしれない。 なお地裁岡崎支部が指摘した自白調書の問題点について、名古屋高裁は「任意性(自由意思で供述したかどうか)に何ら疑いがない」と不問に付している。

■「今回の私の訴えは意味があったと思えています」と被害女性

 Aさんは名古屋高裁の判決後、弁護士を通じてコメントを発表した。要旨は次の通り。

 「無罪判決が出た時には取り乱しました。荒れまくりました。仕事にも行けなくなりました。今日の判決が出て、やっと少しほっとできるような気持ちです。昨年、性犯罪についての無罪判決が全国で相次ぎ、#MeToo運動やフラワーデモが広がりました。それらの活動を見聞きすると、今回の私の訴えは意味があったと思えています。なかなか性被害は言い出しにくいけど、言葉にできた人、それに続けて『私も』『私も』と言い出せる人が出てきました。私の訴え出た苦しみも意味のある行動となったと思えています」

 「私が訴え出て、行動に移すまでにいろいろな支援者につながりました。しかし『本当にこんなことがあるの?』と信じてくれる人は少なかったです。失望しました。疑わずに信じてほしかったです。支援者の皆さん、どうか子どもの言うことをまず100パーセント信じて聞いてほしいのです。今日、ここにつながるまでに私は多くの傷つき体験を味わいました。信じてもらえないつらさです。子どもの訴えに静かに、真剣に耳を傾けてください。そうでないと、頑張って一歩踏み出しても、意味がなくなってしまいます。子どもの無力感をどうか救ってください。私の経験した、信じてもらえないつらさを、これから救いを求めてくる子どもたちにはどうか味わってほしくありません」

 「私は、幸いにも、やっと守ってくれる、寄り添ってくれる大人に出会えました。同じような経験をした多くの人は、道を踏み外してもおかしくないと思います。苦難を生きる子どもにどうか並走してくれる大人がいてほしいです。最後に、あの時の自分と今なお被害で苦しんでいる子どもに声をかけるとしたら、『勇気を持って一歩踏み出してほしい』と伝えたいです。一人でもいいから、本当に信用できる友達を持つことも大切だと思います」

 フラワーデモは参加者が手に花を持ち、被害者に寄り添う気持ちを表現する。昨年3月に性暴力への無罪判決が地裁岡崎支部を含め4件も相次いだことから、作家の北原みのりさんらが呼び掛け人となって、東京と大阪で始まった。その後、全国に広がり、各地で定期的に開かれている。

性暴力に無理解な社会や法制度に抗議する「フラワーデモ」に参加する人たち=2019年6月11日、東京都千代田区

© 一般社団法人共同通信社