亀梨和也が“野球界のキムタク”こと故・木村拓也さんの息子と対面

日本テレビ系で3月18日に放送される「衝撃のアノ人に会ってみた!」(午後7:00)は、ゲストに亀梨和也、IMALU、関根勤、波瑠、松嶋尚美を迎え、10年前、くも膜下出血が原因で亡くなった“野球界のキムタク”こと故・木村拓也コーチらの家族らのその後を届ける。

同番組は、テレビやSNSの衝撃動画、新聞などで話題となった「衝撃のアノ人」を捜し出し、「今だから話せる真実」「隠されたエピソード」、さらにはその後の人生も描くヒューマンドキュメントバラエティー。現役時代、野球日本代表としてオリンピックに出場、銅メダルを獲得し、かつユーティリティーでマルチにプレーできることで大人気だった木村さん。しかし、2010年、試合直前の練習中にくも膜下出血で倒れ、37歳という若さで亡くなった。当時10歳だった木村さんの長男は、父親の追悼試合の始球式でピッチャーを担当し、その後も父の背中を追いかけて野球を続けていた。あれから10年が経ち、現在20歳になった長男のもとを、MCの桝太一アナウンサーと亀梨が訪れる。

実家に飾られている父の思い出の品々を見ながら、父との思いでを語る長男。さらには、ほかの子どもたちも登場し、彼らの成長ぶりに桝アナと亀梨は目を見張る。また、3人が木村さんの墓参りに向かうと、墓石にはある言葉が書かれており、長男は「この言葉に助けられることが多い」と告白。スタジオでVTRを受けたIMALUは、彼と自身の境遇を重ね「最初の頃、親のおかげでいきなり大きな番組に出させてもらったり、ついていけない。すごくギャップがある」と有名人の2世ならではの苦労を語る。

また、スタジオではゲストたちが自身の「20歳の頃」を回想するシーンも。亀梨は「KAT-TUNの活動ですごく悩んでいた」と振り返り、「とがっていたって言われるけど、そうしていないと訳が分からなくなる」と急激に変わった環境の変化に戸惑っていたと、当時の心境を吐露。20歳の頃、仕事がなかったと明かす波瑠は、前向きに考えるように“あること”をしていたと言うう。また、レギュラーの霜降り明星・せいやは「(相方の)粗品に霜降り明星の結成を誘われたのが20歳の頃。しかし、当時は学校の教師を目指していたので、芸人になることを悩んでいたところ、あることに気付いた」と教師になる夢を諦め、芸人の道を歩んだ理由を激白する。

続いて紹介するのは、ゴルフ・石川遼選手と被災地の宮城・石巻市の小学生たちとの感動のエピソード。2011年の東日本大震災の後、家族や家を失くした子どもたちを励ますために、石巻のある小学校を訪問し、子どもたちと一緒に夢を語り合った石川選手。その後も、何度も子どもたちに会いに行き、彼らとの交流を続け、今年いよいよ成人する彼らとサプライズで再会。11年当時「災害があったら素早く家を建てたい」と建築家を目指していた少年や、父を亡くし「テレビ局に入り、面白い番組を作ってみんなを笑顔にさせてあげたい」と語った少年、プロ野球選手を目指して、石川選手に対決を挑んだ少年など…彼らは今、何をしているのか。そして、この9年間、アメリカツアーでの挫折などで、自らも苦労を重ねた石川選手が、20歳となった彼らに贈る言葉とは?

そして、同じく東日本大震災の後、被災地を訪れていた亀梨のもとに当時出会った少年からメッセージが。「プロ野球選手になるのが夢」と言っていた少年と対決した亀梨は、真剣勝負で大人の洗礼を浴びせる。しかし、亀梨との対決がきっかけで6年経った今、彼は大活躍しているというが…。果たして、少年のメッセージの内容とは!?

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