GPSが広げるヨットレースの楽しさ 小型船舶の遭難時にも活用

全日本学生ヨット選手権で行われたレースの様子=藤原靖史氏提供

 2019年11月に兵庫県西宮市で開催された全日本学生ヨット選手権で興味深い「レース」が行われた。衛星利用測位システム(GPS)を利用したスピードコンテストだ。84回の歴史を誇る同選手権でも画期的と言える試みになった。(共同通信=山崎恵司)

 ▽ 位置情報や航跡を一目で

 コンテストは、セーリング専門のウェブサイト「バルクヘッドマガジン」が企画した。海上に設置された複数のチェックポイント(マーク)を事前に指示された順番で通過しながら、スピードを競う。位置情報に加えて、各艇の速度も計測できる最新のGPSトラッキングシステム「TracTrac(トラックトラック)」を今大会から採用したことで実現できた。

 470級は第3レースの第2レグで14・1ノット(時速26・1キロ)を記録した池淵砂紀、木下雅崇組(関西学院大)が優勝。同じ第3レースの第2レグで13・1ノット(同24・2キロ)を記録した花井静亜、塩谷善太組(明海大)に1ノットの差をつけた。スナイプ級では堀井純太、米田智樹組(北海道大)が第3レースの第6レグで10・4ノット(同19・2キロ)を出して1位に輝いた。

 TracTracはデンマーク製。スマートフォンを活用したGPSトラッキングシステム「スマホでヨットレース」を開発した宮田毅志さんが日本での代理店を務める。スマホでヨットレースは15年の高校総体と国体で使用されたことをきっかけに、出場艇の位置情報や航跡が一目で分かる便利なシステムとして国内ヨットレース界では広く認知されている。

 日本におけるセーリング用GPSトラッキングシステムの第一人者といえる宮田さんが新たに出会ったのがTracTracだった。正確で多彩な機能を容易に使えるこれまでにないシステムが支持され、瞬く間に浸透。これまで、スマホでヨットレースを採用していた全日本学生選手権や国体、高校総体も19年からTracTracに置き換わった。

TracTracでは各艇の航跡や順位などレース経過を追いかけることができる=TracTracのホームページより転載

 ▽海外では普通に開催

 TracTracは当初、チェックポイントを通過して山野をめぐるオリエンテーリング競技のために開発された。山と海の違いはあるが、設置されたマークを通らなければならないルールは共通しているため、ヨットレースに転用された。現在ではノルディックスキーやカヌー、ボートなどアウトドア系のスポーツで広く活用されている。

 今回のスピードコンテストを発案したバルクヘッドマガジンの平井淳一編集長によると、海外ではレースの前に同様のコンテストを開催することが珍しくないという。スピードのみを競う分かりやすさから、大会が盛り上げる効果が期待できるからだ。加えて、競技者にとっては自艇と他艇のスピードを比較できるのでレース戦略を考える一つの目安になる。平井さんは「それを参考にした」と教えてくれた。

 実際に参加した学生はどう感じたのだろうか。470級で1位となった関西学院大の木下雅崇はクルーとして、1学年後輩の女子スキッパー池淵砂紀を支えて勝利した。「スピードコンテストがあるのは知っていました。ただ、ブロー(瞬間的な強風)が入ったり、という運の要素もありました」と振り返った。

 バルクヘッドマガジンから1位をたたえる写真パネルを贈呈されたが、複雑な表情だったことが気になったので、木下にその時の心境について聞いた。すると「インカレで負けてしまったし、どう喜んでいいのか分からない」と悔しそうに話した。

 470級とスナイプ級を実施する全日本学生ヨット選手権は、各大学から出場する3艇の総合成績を争う団体戦。地元・西宮で開催された大会で、関西学院大の470級は10位に終わっていた。

全日本学生ヨット選手権のレースでスタートを待つ参加艇=藤原靖史氏提供

 ▽マリンコンパス

 ヨットレースにおけるTracTracの働きを見てきたが、GPSトラッキングによる位置情報は安全確保の観点からも意義が大きい。ヨットレースでは急な天候悪化による強風でヨットが転覆することも珍しくない。宮田さんによると、昨年の高校総体予選では出場した約50艇のうち9艇が転覆したという。

 事故発生を受けて、運営者は人命救助を優先。天候が回復したところで、GPSによる位置情報を頼りに艇体の回収を行った。これによって、海上保安庁の負担が軽減されたという。

 ヨットレース用ではないが、GPSを活用して船の安全を守る「マリンコンパス」というアプリも登場。昨年より運用を開始している。300総トン以上の大型船舶は船舶自動識別装置(AIS)を搭載しなければならないが、プレジャーボートや漁船などといった小型船舶には義務づけられていない。そのため、位置情報をどう把握するかが課題となっていた。マリンコンパスの普及で小型船舶の海難防止につながることが期待されている。

 マリンコンパスは無料でスマホにインストールできる。簡単な登録のみで利用でき、航海計画や出港届の作成も容易だ。家族や仲間のメールアドレスなども登録可能で、出港届を提出すると登録した人にも出港届が送られる。船の位置を知りたい場合は、メールに記載された地図のURLを開けば表示される。何とも便利だ。

 マリンコンパスは登山者向けの「山と自然ネットワーク コンパス」をマリンレジャー用に転用したもの。「山と自然ネットワーク コンパス」は山岳遭難事故の救助に当たることが多い長野県警との実証実験を経て14年にリリースした。現在では23の道府県と提携している。アプリの登録者は12万人に達しており、このアプリを通じて登山届を提出した人は延べ120万人を数えるという。

 マリンコンパスを開発した今吏靖(こん・ふみやす)さんによると、利用者は19年9月の運用開始から半年で2500人近くになるという。今さんは「小型船舶は海の位置情報を共有する仕組みがなかった。こんな機能がほしいなどの前向きな問い合わせもいただいている」と手応えを得ているようだ。

 ヨットレースでは新たな楽しみ方をもたらし、小型船舶の海難事故防止にも役立っているGPSの位置情報。これからも活躍の舞台を広げ、存在感を増していくだろう。

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