「負けたらチームは解散」歯医者の持つ卓球チームが日本一を目指すワケ

写真:左から加藤駿、工藤真弘、江藤慧、卯木将大、姫野翼/撮影:ラリーズ編集部

卓球実業団・クローバー歯科カスピッズは、2017年大阪に彗星のごとく現れた。

創部わずか2年目の2018年には前期日本卓球リーグに正式参戦。かつて世界トップ10の実力を誇った陳衛星(チェンウェイシン)を投入し、加入1季目で1部へと駆け上がった。

2018年後期に2部降格も、2019年前期にはスーパールーキー松下大星(愛知工業大卒)の加入もあり再度1部昇格、そして後期でまたも2部降格と波乱の歴史を歩むチームだ。

「なぜ歯医者が卓球チームを持つのか」「なぜ実力者たちが集うのか」。その謎を探るべく、医療法人クローバー理事長であり、チームの総監督でもある保田晃宏氏のもとを訪れ、話を伺った。

「木端微塵に負けたらチームは解散」

写真:保田晃宏クローバー歯科カスピッズ総監督/撮影:ラリーズ編集部

総監督の保田氏は、高校始めの卓球経験者だ。「卓球界で一番有名な歯医者がジオニス(ギリシャ/T.T彩たま)で僕はNo.2ね、昔は真面目に試合にも出てたので(笑)」とおどけてみせる。

「僕が卓球に凄くお世話になっていたこともあり、恩返しをしようということで」とチーム発足のきっかけを明かした。

「(現監督の)林正偉を面倒見ることになったら、彼の大学の後輩の石黒翼も入りたいと。元々卓球経験者が1人いたので、もう1人いれば、というときに江藤慧も転職して入りたいとなって、4人揃ったからチーム作った」。

2017年春、晴れてチームを結成し、すぐさま7月の全日本実業団に出場。11月には後期日本リーグ2部にスポット出場を果たした。

写真:江藤慧/撮影:ラリーズ編集部

近畿大学出身の江藤ら関西の大学卓球界で結果を残してきた面々を揃えたが、日本リーグは関東の強豪校や全国で結果を残した選手が多数名を連ねる。

そんな中、保田氏は発足したばかりのチームに難題を突き付けた。

11チーム中5位、6位ぐらいまでなら翌年から本気でやる。ただ、木端微塵に負けたらチームは解散だ」。

選手たちは並々ならぬプレッシャーを乗り越え、並み居る強豪との激闘の末、2部11チーム中6位と健闘を見せた。

必要なことは、真剣な練習、外国人戦力、そしてサポーター

写真:保田晃宏クローバー歯科カスピッズ総監督/撮影:ラリーズ編集部

チームの存続が無事決まり、保田氏も「チームにとって3つ必要なものがある。1つは選手たちが真剣に練習すること。もう1つは外国人戦力。そして最後はサポーター」と3本の柱を掲げ、選手たちとの約束通り上を目指し動き始めた。

まずは外国人選手の補強だ。一般に日本リーグ、特に2部ではチームに外国人選手を連れてくることはめったにない。しかし、保田氏は、日本リーガーとしても活躍した柳延恒氏の協力も経て、強力“助っ人”として元世界ランク9位のカットマン・陳衛星を獲得した。

さらに「華がないとダメ」と、高知県で行われる日本リーグに1泊2日のツアーバスを企画した。結果、試合中に大応援団がスティックバルーンでクローバー歯科へ大声援を送った。

写真:クローバー歯科応援団/提供:日本卓球リーグ実業団連盟

選手も奮起し、計8勝2敗で正式参戦1季目から1部昇格を成し遂げた。補強した陳衛星も2部で最高殊勲選手賞を受賞し、期待通りの働きを見せた。

写真:2018年前期リーグで最高殊勲賞を受賞した陳衛星/提供:日本卓球リーグ実業団連盟

実力者が集う理由は、卓球選手に対するリスペクト

写真:加入後、最高殊勲選手賞と新人賞を獲得した松下大星(クローバー歯科カスピッズ)/撮影:ラリーズ編集部

2018年後期には1部の高い壁に阻まれ2部降格も、2019年前期には日本最高峰のペンドラ・松下大星が、後期には東海学生シングルス2位の卯木将大(ともに愛知工業大卒)が加わり、チームの層が厚くなった。

写真:卯木将大(クローバー歯科カスピッズ)/撮影:ラリーズ編集部

日本人選手の獲得も上手いですね、とその秘訣を伺おうとすると「基本的にはスカウティングはしない。選手側から『入りたい』と言ってきてくれた」というから驚きだ。

その要因を保田氏は「根底には卓球選手に対するリスペクトがある」と分析する。「全日本選手権に出るのも相当な確率。出るだけで凄い」と保田氏は卓球経験者だからこそ選手たちへの尊敬の念を忘れない。

写真:歯科の受付に立つ松下大星(写真左)と工藤真弘/撮影:ラリーズ編集部

保田氏が選手を尊敬するからこそ、選手たちも保田氏を尊敬する。その結果、歯科助手としてフルタイムで働きながら卓球をするため、「おそらく日本リーグ1部の中で一番練習時間が短い」とされるクローバー歯科に実力者たちが集うのであろう。

写真:歯科助手として業務に勤める加藤駿/撮影:ラリーズ編集部

日本一を目指す意味 「日本で二番目に高い山はほとんどの人が知らない」

写真:これまでチームが獲得した数々のトロフィーや賞状/撮影:ラリーズ編集部

2度の1部昇格と創部3年での結果だけ見れば順風満帆なスタートに思える。しかし保田氏は「いやあ、まだまだ」と現状に満足はしていない。

僕がいつも言っているのは“日本一”。日本で二番目に高い山はほとんどの人が知らないけど、一番高い山は誰でも知っている。それに一番から見た風景って気持ちいいじゃないですか」。

写真:当時を振り返る保田氏/撮影:ラリーズ編集部

日本一を目指して努力した保田氏の経験が、今卓球で日本一を目指す原動力に繋がっている。

保田氏は高校時代、「どうせなら日本一が良いと思って」と偏差値が歯学部で一番高かった大阪大学を目指した。しかし、二浪しても夢は叶わず、一度は教育大に入学。だが諦めきれず、再度夢に向かって挑戦を続けた。

「朝予備校行って、夕方から塾講師のバイトして、夜は予備校代を稼ぐためにまた別のバイトをして、帰ってきてから勉強。当時は2、3時間しか寝れなかったかなあ。でも成績も凄い伸びて合格できたんですよね」と当時を懐かしげに振り返る。

自らの夢実現のため突き詰めた経験を持つ保田氏は、卓球日本一を本気で狙っている。

来季は日鉄物流ブレイザーズから藤本海統の移籍と、他所属からレンタルできるゴールド選手として田添響(木下グループ)の加入も決まっており、戦力も整いつつある。

写真:卓球で獲得したトロフィーを手に笑顔の保田氏/撮影:ラリーズ編集部

今の子どもって夢追いかけないでしょ。自分でこんなもんだって限界を作っちゃう。僕ね、あれ理解できないんですよ」。

そう不敵に笑う保田氏が率いる関西の雄・クローバー歯科カスピッズが、上位に噛みつき、頂きに立つ日もそう遠くはないのかもしれない。

取材・文:山下大志(ラリーズ編集部)

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