『巧拙無二』甲野善紀、土田昇著 道具鍛冶の超絶技巧と流儀

©株式会社全国新聞ネット

 ノミやカンナなど大工道具を作る近代の名匠たちの技と流儀について、手道具の技術者で研究家の土田昇と武術研究家の甲野善紀が縦横に語り合う。職人たちの超絶技巧と精進に幾度となく感嘆し、その誠実と矜持に何度も胸を熱くした。

 甲野が土田から聞き出すかたちで、道具鍛冶職人の千代鶴是秀をはじめ明治から昭和にかけて仕事をした名工の織りなす逸話が次々に紹介される。例えば――。

 竹製の筆記具「墨差」の墨含みをよくするために幅12ミリの竹べらの先端を重いノミで48等分する。その幅、実に0.25ミリ。ノミの切れ味を試すため毛髪を縦に二等分する。重さ30数キロの金床を特製やっとこで挟み、片手で持ち上げ振り回す。焼き入れから仕上げまで施した金づちを機械を使わず日に140丁作る。

 名人ほど営利、栄達を求めない。極上の大工道具を作っても声高に主張せず、自らの名を冠した型を創らない。「職人技に名を付けた地点で限界を設けているようなものだ」と土田は言う。

 刀剣を通じて鍛冶に精通する甲野は、名工に剣豪を重ね見て、職人たちの神がかった技と流儀が武術の世界に相通じることを指摘する。

 「仕事に見合った代金を渡したい」「筋の通らぬ金は受け取れない」。発注主の熟練大工と鍛冶職人の頑固一徹な「仁義合戦」は、まるで落語を聞いているように愉快だ。一方で名工や名品を意に介さず、その丹精とこだわりに「今の時代、そんな手間ひまかける必要があるのかね」と半畳を入れる腕利き職人の達観も小気味いい。

 確かに大工道具は実用品であって、道楽でも芸術でもない。高精度、高速度の電動工具を取り入れる合理主義もまたプロの職業倫理である。

 土田自身、名工の技能と人格を敬いながらも決して神格化せず、つとめて冷静、客観的に語ろうとしている。それでいて、言葉の端々から先人への尊崇と愛着の念がにじみ出る。なんと気持ちのいい世界だろう。

(剣筆舎 1900円+税)=片岡義博