新型コロナ、1年後に笑うのは? 封鎖、集団的免疫、分かれる欧州各国の対策事情

By 佐々木田鶴

新型コロナウイルス© ECDC 2005-2020

 新型コロナによる感染は、2月中旬、イタリアを新たな震央として、欧州全般に猛烈な勢いで広がり始めた。筆者の住むベルギーも、以前より強力な封鎖政策が3月18日から施行された。すでに教育機関は平常授業を中止、不要不急の外出は制限されている。飲食店も休業だ。 それが18日正午からは移動そのものを厳しく制限した。外国への渡航を禁止、国内公共交通機関も大幅に削減した。食品店や薬局以外の商店は原則閉じている。措置はイースター休暇が始まる4月5日までの約3週間。その時点で改めて状況と成果を評価し、その後の対策を検討するという。

 欧州各国は深刻化する状況を前に、専門家の知見を基に国民性を鑑みて、それぞれ特徴ある対策をとっているようで興味深い。欧州は今、どうなっているのだろうか。(ジャーナリスト=佐々木田鶴)

 ▽EUの選択は「公衆衛生鎖国」

 この危機に欧州連合(EU)は対応が後手に回り、加盟国がバラバラな政策をとっているとの批判がある。

 だが、そもそも公衆衛生は加盟国の裁量分野だ。ブレグジットを契機に各国でナショナリズムが高まり、国の主権強化を求める声が強くなっている背景もある。

 だから、EUの行政執行機関である欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長が当初発表したのは、連携した情報提供や物資供給確保などの後方支援だ。つまり、連携しながらも各国独自の対策をとることを確認した。

 その後刻々と拡大する感染に直面し、3月17日のEU首脳会議(欧州理事会)で「シェンゲン国境の30日間閉鎖」を決めた。これは、どこかの国や地方を名指しし、渡航制限やビザ失効を決めるやり方とは異なる。EU市民の健康を中心に据えた「公衆衛生鎖国」とでも呼べるだろうか。

 ▽集団的免疫を目指すオランダ、英国

ジョンソン英首相(AP=共同)

 ベルギーのような強力な対策をとれば、経済への猛烈な打撃は避けられないだろう。それを嫌って、より緩やかな対策を選んだ国もある。例えば英国やオランダだ。

 これらの国々は、病状が出ても2週間は自宅療養を促し、国民に大げさな自粛を求めない。経済への打撃を最小に抑えるのが狙いだろう。英国のジョンソン首相は、記者会見で「国民の多くが大切な人を失うことになるでしょう」とまで言明し批判を浴びた。

 オランダのルッテ首相はテレビで国民に直接話し掛けた。

 高齢者以外は感染しても軽症で抗体ができる。だから、こうした対応を進めることで集団的免疫の壁を作り、国を守れる。平常の経済活動や日常生活を大きく変えないでほしい、と訴えた。

 英国政府は、批判を浴びて自粛する会合の規模を500人から10人と訂正したようだ。が、英国に住む友人たちは「パブに行けないなんて、英国人には考えられない」とのんきだ。ベルギー国境に近いオランダの飲食店主はテレビのインタビューに「(飲食店が休業になった)ベルギー人がお忍びで来てくれるから商売繁盛」と喜んでいるかのようだった。

 無策なら、国民の過半数が数カ月以内に感染し、人口約1%が命を落とすことになると伝えられている。単純計算でオランダなら17万人、英国なら66万人にのぼる。その大半は高齢者だろう。社会保障負担が軽減されて悪い結果ではないとの思惑も透けて見え、戦慄(せんりつ)を覚えるのは筆者だけだろうか。

 確かに国民への感染を徹底的に回避すれば、抗体を持つ人々による「集団免疫」ができないので、新たなスーパースプレッダー(Super spreader=多数に感染させてしまう人)が流入すると、再び大量感染につながりかねない。健康な若年層が適度に感染しようという方針も理にはかなっている。

 ▽国民の命を中心に据えたフランス

フランスのマクロン大統領(ゲッティ=共同)

 フランスではマクロン大統領が16日、この1週間に2度目となるテレビ演説で、「われわれは戦っているのだ」と強いフレーズを繰り返し、30分以上かけて国民に直接語りかけた。

 筆者の住むベルギーは隣国だが、フランス語文化圏なので、日ごろから仏メディアを視聴している。今回のフランス大統領の演説は、ベルギー国民も注視していた。

 17日正午以降の新たな対策は、国内移動制限や夜6時以降の外出禁止を含み、軍隊まで出動して監視するという厳しいものだ。

 日頃は何かと政府への反発の強い仏国民だが、この強化された対策を、筆者の知る限り、敬意を持って素直に受け入れている。燃料税引き上げや税制改革にあれほど過激な黄色いベスト運動を繰り広げ、それを支持した人々が、である。

 マクロン大統領は、演説でカメラをまっすぐに見据え、自分の言葉で熱意を持って語り掛ける。「感染拡大のピークを少しでも遅らせてなだらかにすることで、高齢者や弱者を含めた国民全体を守ることができる。手紙やメールを書き、電話をかけ、買い物をしてあげることで、地域で助け合えば、この困難は乗り越えられる」と。封鎖による多大な経済的損失よりも、国民の命を守ることが第一だと力強く語ったのだ。

 実は、筆者の住むベルギーは、昨年5月末の総選挙以降、10カ月が経過した今も、連邦政府が組閣できていない。おまけに首相は、昨年12月に発足したEUの新人事で、EU大統領(欧州理事会議長)に就任したため、繰り上げでソフィー・ウィルメス氏が首相代理を務めているに過ぎなかった。

 だが、この未曽有の危機に直面して、議会は大急ぎで彼女に首相としての権限を承認し、ウィルメス首相は17日夜、堂々と長時間にわたるテレビ公開記者会見に臨んだ。「誇張も演出もない、よく考慮された適正な発表だった」と、メディアや市民の評価は上々。18日正午からの封鎖措置が始まった。

 集会や移動の制限は、隣国フランスとほぼ横並びだ。が、ベルギー初の女性首相は、生活者目線にたったきめ細かい配慮が特徴的だ。

 「食品店や薬局ばかりでなく、ペットフードを売る店も、街角の新聞屋さんや美容院も開業できます。ただ、お店には一人ずつしか入らないようにしてください。屋外に出ることは奨励します。ただ、同じ世帯から一人か2人までで行動し、他の人との接触は避けてください。学校の授業は休止しますが、必要な家庭のために、学童保育は公費で徹底します。掃除などを生業とする人を含め、フリーランサーで収入が途絶える人々は一時的失業と認定して臨時失業手当を支給し、社会保障費を免除します。家にとどまって、自分自身と周りの人たちに心を配ってください。電話やインターネットをうまく使えば、誰も孤立させずに連帯できるのだから」と。

フランスのシャルル・ドゴール空港で新型コロナウイルス感染対策のためマスクをする旅行者(ロイター=共同)

 ▽試される国家や市民社会の質

 一連の緊急事態指示を「コロナ独裁政治」と危惧する声もないわけではない。だが、普段は政府批判が活発な欧州の市民やメディアが、今回ばかりは政府の方針を信頼し素直に従うのはなぜだろう。日本の様子も見ている筆者は考えさせられてしまった。

 ベルギー国営フランス語放送のラジオ番組に登場したある心理学者は、信頼を得る秘訣(ひけつ)として、次の2点をあげた。

 「科学的で論理的な裏付けを丁寧に説明して理解を得ること」「集団的不安を解消する具体策を提示すること」。そうすることで、恐怖や不安という感情の矛先を他者に向けさせないようにするのが、国や組織のリーダーの使命なのだと。

 中国・武漢と同じような医療崩壊が起こっていると報道されるイタリアも、カタルーニャ独立問題の制圧が強権的すぎると非難を受けるスペインも、封鎖対策がとられているのに、市民は激しい抵抗もなく冷静に従っているように見える。

 北イタリアに住む友人は、「現地はパニックも医療崩壊もしていない。政府は人工呼吸器や集中治療病床の数まで透明性を持って公表して国民を納得させている」と教えてくれた。

新型コロナウイルスの感染拡大で医療崩壊の危険性が高まるイタリアの病院=3月16日、ローマ(AP=共同)

 ▽1年後、笑顔はどこに

 ドイツのメルケル首相は18日夜、テレビを介して国民に直接話しかけた。「開かれた民主主義に必要なことは、私たちが政治的決断を透明化し、説明すること、私たちの行動の根拠をできる限り示して、それを伝えることで、理解を得られるようにすることです」。第二次世界大戦以降初めての、市民による連帯が重要な局面として、医療関係者や食品店で踏ん張る人々を慰労し、1人も見捨てられることはないと呼び掛けたのだ。ドイツでも学校の休校や国境閉鎖が行われている。だが今のところ、飲食店の休業や移動禁止までは指示されていない。

 欧州が感染拡大を緩和することができたとしても、収束には数カ月を要するとされている。そして今後、南米やアフリカ、そして地球全体に感染が広がることは避けられないとみられている。

 一方、悪いことばかりではないかもしれない。G7やEU首脳会議はネットを介したテレビ会議で行われ、化石燃料を膨大に浪費しなくても、異なるやり方が可能であることを期せずして実証してしまった。

 今年の二酸化炭素排出量は、当初の予測を大幅に下回り、スウェーデンの環境活動家グレタさんや彼女に賛同する多くの若者に希望を与えることだろう。

 欧州では地域の研究者への支援と努力が実を結び始めている。

 症状緩和に効果が認められ始めた古い抗マラリア薬クロロキンは、フランスのサノフィ社が製造を再開した。廉価で大量に処理できる感染テスト方法がベルギーでも開発され期待がかかる。ドイツのキュアヴァク(CureVac)によるワクチン開発にはEUから8000万ユーロ(約94億円)が投じられた。マスクも含め、ヨーロッパ全域での地産地消的な供給体制づくりに、今後は拍車がかかりそうだ。

 5月後半から開催を予定していた、テニスの全仏オープンは9~10月に延期。6月開催予定だったサッカー欧州選手権EURO2020は、1年延期と発表された。たとえ日本における感染者数が収束しているように見えたとしても、オリンピック・パラリンピック開催は欧州ではかなり懐疑的だ。

 現時点では何が「正解」か誰にもわからない。経済状況も含め、結果を評価できるのは半年以上、1年はかかるだろう。今年の終わりまでには、対策の成果はおのずと明らかになっているのではないか。新型コロナ感染は、世界経済は、そのときどうなっているのだろうか。

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