岡山の山間地域に活気与えた韓国人 元地域おこし協力隊員姜さん「都市にない価値」前面に

姜侖秀さん(左から4人目)と住民グループの女性たち(姜侖秀さん提供)

 韓国・ソウル出身の姜侖秀(カン・ユンス)さん(41)は2015年7月から3年間、岡山県北部の真庭市で地域おこし協力隊員を務めた。縁もゆかりもなかったが「安心して暮らせる町」と気に入り、地元食材を使ったキムチ作りや訪日外国人向けのシェアハウス運営など、地域の魅力向上や国際交流のアイデアを次々と実現させた。土地にすっかり溶け込んで任期終了後も家族と暮らし、多くの人が訪れる町づくりを目指して奮闘を続けている。(共同通信=張弘基)

 ▽廃校に関心

 日本での生活は12年11月、千葉県で始まった。留学先の英国で出会った妻の里帰り出産がきっかけだ。当初は数カ月程度の滞在を想定していたが、ひょんなことから地域のイベントに関わることに。大学院で演劇を学んだ経歴を生かし、同県市原市で開かれた芸術祭で演出家として廃校をテーマにした企画を手掛けた。

 この経験が、地域で増えている廃校や空き家を活用し、何かできないかという思いにつながる。元々持っていた芸術分野への関心と合わさり、廃校などを拠点にして地域と芸術をつなげるというアイデアも膨らんだ。多くの自治体が募集する「協力隊員」に興味を持ち、複数に履歴書を送付。担当者が直接会いにきてくれた真庭市を選んだ。

 ▽キムチ

 担当した真庭市南部の「北房地区」で着目したのが、特産のナシだった。せっかく作ったのに規格外だと出荷できず多くが廃棄されてしまうことから活用法を探った。

 思いついたのがキムチ作りだった。意外な組み合わせに思えるだろうが、母国・韓国ではキムチの隠し味として使われている。

 廃校になった小学校の体育館を活用し、韓国から専門家を招いてキムチ作りの体験イベントを開催。加工食品を作ってきた住民グループと協力して製品開発に取り組み「北房キムチ」が誕生した。加工販売のための会社を設立し、ふるさと納税の返礼品にも採用されている。

 国際交流を目的に海外の若者を呼び込むため、空き家を利用したシェアハウス設立も進めた。市と協力してクラウドファンディングで資金の一部を調達し、16年から運営を続ける。

北房キムチ(姜侖秀さん提供)

 ▽プロジェクト、次々と

 18年7月に隊員の任期を終えた後も勢いは止まらない。シェアハウスの宿泊客が母国料理を振る舞う「旅人食堂」と銘打ったプロジェクトを手掛け、9カ月間で15カ国50人が参加した。

 19年10月には新たな交流拠点にと、廃園になった旧保育園舎の一部を利用し、プロジェクト名を店名にしたカフェをオープンさせた。

 真庭市をもり立てたいという思いは、演劇や芸術作品に容易に触れられる機会を増やしたいという演出家としての将来的な目標と重なる。「単発のイベントではなく、持続可能なモデルを作りたい」。芸術家を呼び込み、作品が恒常的に生み出される環境づくりに力を入れたいという。

 真庭市の男性職員は「姜さんは明確な考えを持って、それを形にする。仲間という感覚で応援したくなる」と期待を口にした。姜さんも「誰も注目しなかったものから新しい価値を作り、人々を驚かせたい。ここには都市にはない価値がある。より多くの人に訪れてほしい」と真庭市への思いを語る。

カフェ「旅人食堂」のオープン日に集まった住民らと姜侖秀さん(前列右から2人目)=2019年10月、岡山県真庭市(姜侖秀さん提供)

 ▽取材を終えて

 自分と同じ韓国出身の姜さんが真庭市に暮らすようになった経緯を知りたくて会いに行き、話に引き込まれた。

 筆者はできるだけ日本の常識や文化を理解し、それらを取り入れようとしてきた。姜さんも似たような意識でいるのだろうと想像していた。だが、違った。日本の常識や文化を十分に身につけた上で、当たり前とされている枠組みにとらわれることなく新しい価値を作りだそうとしているのだ。

 日韓関係が冷え込み、生活する上で周囲の視線が気にならないか。そう問うと「気になったことはない」ときっぱり。自分の信念を持って物事に取り組む姿勢や人柄が住民らを魅了しているのだろうと感じた。

「旅人食堂」のカウンターに立つ姜侖秀さん=2020年1月、岡山県真庭市

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