画期的な告発の書 社の枠超え声あげた女性記者たち 『マスコミ・セクハラ白書』

By 江刺昭子

刊行された『マスコミ・セクハラ白書』

 3月8日の国際女性デーに日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)が新聞、テレビ、出版業界の女性管理職比率の調査結果を発表した。この調査のうち、新聞社に注目してみる。

 回答したのは41社で、記者の女性比率は全体で22・4%と2割を超えたが、役員は3・13%、30社は役員がゼロだった。管理的職業は7・71%、デスクやキャップなど管理職数は8・50%である。2003年に政府が社会の指導的地位に占める女性の割合を30%にすると掲げた。そのゴールは今年だが、はるかに及ばない。

 このように新聞社の中枢を男性が独占していると、紙面は情報の選択も表現の仕方も自ずと男性目線に偏る。それを女性たちが指摘したのは、女性記者数がわずか0・7%だった1976年。東京婦人記者会に所属する7社の記者が、「新聞の『女性表現』への疑問」と題するリポートを発表した(『新聞研究』76年5月)。

 女が事件の当事者の場合、男なら問題にならない容貌が犯罪動機にされ、子殺しがあれば「鬼の母」、女が声をあげれば「黄色い声」「赤い気炎」…。男性記者の女性観を反映した記事の例を多数あげ、新聞が性別役割分担を前提にしたステレオタイプの女性像を再生産していると報告した。これがきっかけで女性に関わる表現を見直す動きが出てきて、徐々に差別表現が減っていった。異なる企業の女たちが連帯した成果である。

 ちなみにこのリポートを中心になって作成したのは、この年、一般紙で初めて管理職である婦人部部長になった読売新聞の金森トシエと同僚の深尾凱子(ときこ)である。

 この頃の女性記者の担当はほとんど婦人・文化面に限られていたが、男性と同じように政治・経済・スポーツ・社会面などを担当し、支局勤務もするようになると、女性たちは深刻な性被害に直面することになった。男並みの働き方を求められる職場でなかなか声をあげられなかったが、2割とはいえ、女性記者の存在がようやく点から面になった今、当事者たちが性被害を告発した画期的な書『マスコミ・セクハラ白書』が出版された。

 きっかけは2018年、福田淳一財務事務次官によるセクハラをテレビ朝日の女性記者が告発したことだ。これに対して被害者をバッシングする動きが広がり、麻生太郎財務相は「番記者を男に変えれば済む話だろ」と言い放った。そこで、新聞・通信・放送・出版などで働く100人以上の女性が「WIMN(メディアで働く女性ネットワーク)」を立ち上げて活動を開始する。記者としてセクハラや人権問題を取材し、自分たちの外にある問題として扱ってきたが、記者自身も当事者だと気づいたからだという。

「メディアで働く女性ネットワーク」の設立について説明する当時の代表世話人、松元千枝さん(左)と林美子さん

 会員2人がペアになって相互にインタビューした14本と、本人が書いた11本のタイトルは「私たちのこと」。記者としての「私」のなまなましい性被害の告白で、読んでいて息苦しくなる。半分以上が匿名であることが、公表することの怖さ、PTSDなど後遺症の深さを物語る。

 外回りの仕事で被害が突出しているのは、政治家、警察、公務員相手の取材。政治部で政党を担当すると、酒の席で雑談を交えながら情報を手にするのが長い間の慣習になっており、できなければ1人前でないとされる。肉体関係を求められたり、卑猥な話題を振られたりする。一方で上司からは「寝てでもネタをとってこい」と言われたと、打ち明けている。

 男性上司や同僚が加害者になるケースもある。女性が1人しかいない支局などではお尻をさわられたりは茶飯事。地道な取材でスクープしても「寝てとったのか」と言われ、周囲の男たちはにやにや笑っている。被害を相談すれば仕事に支障が出たり、人事上の不利益が出たりするのではないかと思うから、言い出せない。勇気をふるって相談しても我慢しろと言われる。

 WIMNはまた、新聞社やテレビ局・出版社など86社に、セクハラの実態と対策、女性の採用・待遇などについて質問し、65社の回答を得て、本書に掲載した。セクハラ禁止の法制化や就活生アンケートに関する時事コラムも収録している。

 こうして、女性たちが企業を超えて横につながったのは、今も苦しんでいる仲間に「あなたはひとりではない」というメッセージを届けたいから。そして、これからメディアをめざす人たちが働きやすい環境を作るためだという。

 メディアは近年、かなり熱心に性暴力を報じるようになったが、身内の女性差別、性暴力を黙認したままでは説得力に欠ける。勇気をもって声をあげた記者たちの願いにこたえてほしい。セクハラをしていることに気づかない加害者もいる。社員教育も必要だろう。

 長時間労働はあたりまえ、夜討ち朝駆けも当然といった取材手法は見直さなくていいのだろうか。被害者の相談にきちんと対応するシステム作りも求められている。

 そして何よりも急いでほしいのは、女性記者の数を増やし、なるべく多くの女性を指導的地位につけることだ。メディアが本気で性暴力根絶に取り組めば、社会の空気が変わるはずだ。 (女性史研究者・江刺昭子)

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