もがき続けた9年間「分断乗り越え地域を強く」 野球独立リーグ坂口氏が語った代表退任の心境

 人口減少が急速に進む地域をスポーツの力で盛り上げようともがいた男が、四国を後にする――。野球の独立リーグ、四国アイランドリーグplusの坂口裕昭さん(46)は3月17日に取締役会長を退いた。前理事長の要請を受け2011年に神戸の弁護士から転身、数千万円あった自身の預金は底を突いた。地域活性化が思うとおりに進まない背景に、社会の分断を見た。独立リーグに力を尽くした9年間を振り返り「挫折感はあっても後悔はない」と語る。坂口氏に今の心境を聞いた。(聞き手、共同通信=浜谷栄彦)

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坂口裕昭氏=2019年3月

 ―退任の理由は。

 「リーグ運営会社の今期決算は、売上が前年比で約3・5倍、経常利益は約2600万円、5期ぶりの黒字転換となる見込み。24時間、365日、リーグの発展を考え続け、自分としてやるべきこと、やれることは全てやり、一定の成果を出すこともできた」

 「ただ、その過程で、経営資源をリーグに集中させる私の考え方が、全球団、全経営陣の賛同を得られなかったのも事実だ。むしろ、私は常に少数派だった。リーグとして次のステージに進んでいくためにも、ここで対立構造を深めるより、私が身を引き、違う形で地域やスポーツ界に貢献していく道を選ぶべきだと考えた。最終的には、私を含むリーグ関係者の総意として、今回の退任となった。私を信頼してリーグのスポンサーになっていただいた皆さんに対するフォローは今後も続けていく」

 ―四国で過ごした9年で何を感じたか。

 「私はたくさん勉強したし、本も読んできた。弁護士にしては外に生きる人たちと交流を持ってきた自負はあった。ところが四国に来て、いかに狭い価値観の中で生きてきたかを思い知らされた。今の日本社会で起きていることは分断。地方の人はずっと地方。都会でビジネスをする人はずっとそのビジネスの世界にいる。関わりはあっても、それぞれの論理でしか話さないから溝が埋まらない。貧富の格差だけじゃない。知識、経験が偏り、みんな狭い世界で生きている。弁護士も同業者の世界で生きている。同時に9年という時間の重みも感じている。37歳から46歳までの時期を四国で過ごしたからこそ思うところは大きい。この9年間は私にとってのお遍路だった」

 ―地域のいがみ合いを目にしたこともあった。

 「四国にリソースがないなんて大うそ。自然環境、伝統産業と素晴らしいものはいっぱいある。良い会社もあるし、面白いことをやっている人もいる。にもかかわらず、なぜこの狭い四国でさらに狭い世界をつくるのか。たった四つしか県がないのに一つにまとまることができない。さらに、一つの県の中でも地域ごとにお互い対立していたり、無関心だったり。アイランドリーグの4球団ですら一つになるのは難しい。経済団体一つを取ってみても、複数の似たような組織が各地に縄張りをつくり、それぞれが独自の価値観で動く。ただでさえ疲弊している経済が分断されるし、権力闘争も多すぎる。今それをやっている場合じゃないだろう」

北米遠征した四国アイランドリーグplusの選抜チーム=2019年7月

 ―視野は広がったのか。

 「私は四国で地べたをはいずり回って泥をかぶってきた。四国に来るまでは、弁護士として俯瞰(ふかん)して長期的な視野で頭を使って考えてきた。そのどちらが欠けても社会は成り立たない。普通はどちらかの世界でしか生きられないけど、私は両方に触れるチャンスを与えられた。9割は失敗だったけど、両方の世界を学ぶ場を与えてもらった。支えていただいた地域の皆さん、選手、監督、コーチ、若いスタッフ、メディア、スポンサーの皆さんと腹を割って思いの丈を話せた。法律の世界ではあけすけに何でも話せない。スポーツだと、教育、人材育成、地域の活性化、全て正面から話せる。海外にも行けた。スポーツというコンテンツを持って世界に飛び出ると、ストレートに話せる。アジア諸国、米国、カナダ。スポーツの現場を通して世界の動きを、日本の動きを立体的に見ることができた」

 ―スポーツは最高のコミュニケーションツールか。

 「間違いない。音楽や美術も似ている。ただ音楽や美術は前提となる知識が必要だ。スポーツは常にライブ。そして、分かりやすい。生ものだからこそ感情に直結する。スポーツの本質的な力で勝負したいと思ってきた」

 ―この9年で失ったものは。

 「冷静に考えて、通常の弁護士としてのキャリアを失った。法廷に行ったり、法律相談を受けたりというレベルでのキャリアは捨てることになった。中途半端に両立できないから。この9年は生活できるぎりぎりの収入だった。弁護士時代は年間2千万円から3千万円を稼ぐこともあった。アイランドリーグに来てからは300万~500万円ぐらい。蓄えを食いつぶしながら働いた。数千万円あった預金は全てなくなりました。ゼロです」

球場で飲料を配る坂口氏=2019年7月、高知県四万十市

 ―犠牲を払った。

 「もちろん。スポーツのリーグ、チームは公のものだから、プライバシーなどあったものではない。SNSを通じて、誹謗(ひぼう)中傷のメッセージが届くこともしょっちゅうあった。私の足を引っ張るようなうわさ話を耳にしたこともある。選挙の時は必ず連絡がある。メディアから『出馬するのですか』と(笑)」

 ―四国アイランドリーグは人生を懸ける価値があったか。

 「あった。まったく後悔はない。四国に来る前と後で自分は変わった。殻を破れた。一筋縄ではいかないこともこの9年で教わった。一人でたいしたことはできない。志を持った異質な仲間との組み合わせでイノベーションを起こし、社会課題を解決する道筋も見えた。アイランドリーグで挑戦したことは9割が失敗に終わったのかもしれないけど、残り1割の価値が全てをひっくり返してくれるような力強さがあった。リーグ運営会社の今期決算見込みの数字が物語る通り、しっかりとビジョンを持ち、一つの価値観の下で取り組めば理解を示す(スポンサーとなる)ナショナル企業が現れる。四国は見捨てられた土地じゃない。現時点で私ができることはやり尽くした満足感はある。至らないかもしれないし、ほんのりした挫折感は残っているけど。それを含めてのお遍路だ」

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 坂口 裕昭(さかぐち・ひろあき) 1973年4月7日生まれ。東大法学部卒。2004年弁護士登録。企業法務に携わる。11年に四国アイランドリーグ(IL)plus徳島の球団社長に就任。16年リーグ事務局長に就き、18年2月から理事長。19年10月末にリーグ事務局が理事会制度を廃止したのに伴い、代表取締役社長を兼務していたリーグ運営会社IBLJの取締役会長に就く。20年3月17日のIBLJ株主総会で取締役会長を退任。今後もスポーツ関係の仕事を続ける。46歳。神奈川県横須賀市出身。

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