生命より国境が大切なのか──EUの冷酷さが難民たちを危険にさらしている

ギリシャ・モリア難民キャンプの子どもたち © Anna Pantelia/MSF

ギリシャ・モリア難民キャンプの子どもたち © Anna Pantelia/MSF

欧州連合(EU)とトルコの間で、ギリシャへ渡る移民や難民をトルコへ送り返すという合意が結ばれてから、まもなく4年を迎える。しかし、ここにきて、EU首脳は国境付近の難民危機を再び宣言。一方、2月27日、トルコ当局は、トルコからEU域内を目指す移民・難民をもはや引き留めないと発表した。これに対して、ギリシャ政府は緊急措置をとり、すみやかに国境警備を強化。警察・軍・特殊部隊を派遣したほか、欧州域外国境管理協力局(FRONTEX)にも支援を要請した。

現在、数千の人びとがギリシャ北部の国境地帯で足止めされたまま、催涙弾と銃弾を浴びている。エーゲ海では、レスボス島の沖合で船が難破し、乗船していた子どもが死亡した。老若男女を乗せたボートが覆面をした男たちから攻撃を受けたが、現場に居合わせていたギリシャ当局は救助を遅らせて、人びとの生命を危機に陥れたとの報告が国境なき医師団(MSF)に寄せられている。

暴力や紛争といった過酷な苦難からの保護を求めてヨーロッパに向かう人びとの身の安全が、危機にさらされているのだ。その数はこれまで以上に増大している。一体なぜこうした事態が起きているのか。そして、それは何を意味しているのか。

犯罪者扱いされる庇護希望者たち

レスボス島のモリア難民キャンプ © Anna Pantelia / MSF

レスボス島のモリア難民キャンプ © Anna Pantelia / MSF

3月1日、ギリシャ政府は緊急措置を発表した。入国者の庇護申請権を一時的に停止し、事前申請なしに入国した者を速やかに送還する、軍と治安部隊を国境警備に追加派遣する、との内容である。その2日後、ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長は、ギリシャに対して7億ユーロの追加資金援助を発表して、国境警備と強制送還の措置強化を促した。そして、ギリシャを「欧州の盾」と表現したのである。

3月1日以降、ギリシャに入国する人びとは、閉鎖型の収容施設に移送されるか、刑務所に収容される。難民受付センターには送られない。ギリシャ政府は、家族を引き離すことはしないと表明している。言い換えれば、子どもも身柄拘束の対象だ。ギリシャの島々に到着した人びとは、最低限の生活環境すらない収容施設に送られる。その後に待っているのは強制送還である。

保護を求める人びとに対して、これほど抑圧的かつ懲罰的な措置をとる事態は、世界的にもきわめて稀である。今回ギリシャが踏み切った緊急措置は、庇護希望者を犯罪者として扱い、あらゆる形態の保護を拒絶し、最終的には人びとを危機に陥れるものだ。 

人命よりも国境を優先したEU

やけどを負って難民キャンプ内の診療所に来た6歳の少女 © Anna Pantelia / MSF

やけどを負って難民キャンプ内の診療所に来た6歳の少女 © Anna Pantelia / MSF

MSFで移民人道問題の顧問を務めるリーム・ムッサは語る。「この1週間の成り行きを見る限り、ギリシャ政府とEU首脳は、人命保護より国境警備を優先したようです。3月初めの週末、MSFは、レスボス島で当事者の人びとから話を聞きました。彼らは海上で16時間も足止めさせられています。その間、覆面をした男たちが何度もボートの行く手を阻みました。危険な航海を続けてギリシャまでたどり着いたのに、そこではさらなる危険が待っていたわけです。しかも、ギリシャの沿岸警備隊は、そうした暴力行為をただ黙って見ていただけなのですから。サモス島でも、MSFの健康教育チームが当事者の人びとから話を聞いています。彼らは、家族から引き離された上、沿岸警備隊から嫌がらせや脅迫を受けています。沿岸警備隊は老若男女であふれるボートに向けて銃を突きつけたそうです。こうした報告を聞いても、事態の深刻さが分かります。EU首脳たちも、こうした事実を十分に把握していないので、対応が遅れています。移民・難民に対する暴力を食い止めるために、あらゆる措置を速やかに講ずるべきです」

3月3日、EU首脳は、軍用ヘリを使って、ギリシャとトルコの国境地帯を視察した。欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は「我々にとって最も重要なのは、ギリシャ国境の秩序を守ることです。ギリシャ国境はEUの国境でもあるのですから」と述べた。当初は、暴力が激化していることや、庇護申請が拒絶されていることに対して、なんらの非難や懸念も表明されなかった。国境周辺をさまよう人びとに向けて最低限の保護を与えようという呼びかけすらなかった。それどころか、欧州委員会は、FRONTEXの緊急介入部隊を派遣して、国境警備用の人員・船舶・ヘリ・装備を増強したのである。さらには、移民管理のための財政支援策も打ち出している。

しかし、EUの冷淡な態度に対して批判が強まると、フォン・デア・ライエン委員長は「庇護を求めている人びとの権利は断固として尊重されるべきである」と述べた。一方で、ギリシャの緊急措置は現在も続いたままだ。

3月9日、EU首脳は、トルコのエルドアン大統領と会談した。この場で、EUとトルコ間で交わされた共同声明の内容が再確認され、合意内容の履行に向けた諸課題に対応していくことになった。今もなお、EUは合意内容の実現にこだわっているが、道義的に許されないばかりか有害でさえある。この合意内容に実現の余地はない。 

国境を守ることばかりに費やされた年月

モリア難民キャンプの少女 © MSF

モリア難民キャンプの少女 © MSF

今回の事態を招いた原因は、2016年にEUとトルコの間で交わされた決定にある。この時、欧州委員会は、シリア難民をトルコ国内に引き留める代わりに、トルコに60億ユーロを提供することで合意した。ヨーロッパ沿岸にたどり着いた人びとは「ホットスポット」と呼ばれるギリシャ5島に収容されることになった。庇護を申請しても、トルコか母国に送り返すことを事実上の前提とした厳格な審査に付されたのである。

EU首脳たちは、移民・難民たちを国境で食い止めて、彼らを抑圧し、収容施設に押し込めることばかりに躍起になっている。そのため、移民・難民たちは、庇護を申請してもまともに受け入れられず、ギリシャ国外への再移動もできず、必要な医療を受けることも困難になっているのだ。彼らは過酷な苦難のなかにある。MSFは、何年にもわたって、こうした構造的暴力と非人道的処遇を批判し続けてきた。人びとは保護を求めている。それがギリシャの島々に閉じ込められているのだ。無期限の収容と不公正な処置が続くなかで、人びとの健康が心身ともに疲弊している状況を我々は確認している。

現在、4万人余りが5つの難民受付センターに収容されているが、これらの施設の収容能力は上限6000人である。現在はおよそ600%の収容率となっており、内部の生活環境は著しく悪化している。3分の1以上が子どもだ。この危機的状況はほとんど放置されたままである。 

弱い立場の人びとがさらなる危険に追いやられている

レスボス島の難民キャンプで起きた火事の様子 © Ihab Abassi / MSF

レスボス島の難民キャンプで起きた火事の様子 © Ihab Abassi / MSF

人道を無視した合意が定まってから4年が経過した。庇護申請者も地元住民も、明らかにEUの為政者たちから見捨てられている。ギリシャ政府は、難民受付センターから人びとを退避させるどころか、新たな閉鎖型施設をギリシャの島々に建設すると発表した。ここで現地の緊張は限界に達した。暴動、道路封鎖、放火などが起きたほか、ゼノフォビア(外国人恐怖症)による襲撃事件が起きて、庇護希望者や援助団体が被害を受けた。

レスボス島でMSFプロジェクト・コーディネータを務めるマルコ・サンドローネは語る。「暴力沙汰が続いており、気が気ではありません。多くの団体が活動を縮小したり、この島からの撤退を余儀なくされました。今や、援助活動のためにキャンプに入っていくにも交渉が必要な状況です。我々の活動が中断すれば、モリア・キャンプの子どもたちは医療を受ける機会を失っていきます。精神疾患や慢性疾患を抱える患者さんたちも、薬を受け取れなくなる事態が予想されます。弱い立場にある人びとがさらなる危険に追いやられることになります」

レスボス島では、海で救助された人びとやモリア難民受付センターで暮らす人びとに向けて、日常生活上の支援を担うボランティアもいた。しかし、彼らも暴力を受けて、島から退去せざるを得なくなった。MSFに関して言えば、常に現場の安全性を調査した上で活動を展開している。MSFなどの諸団体は、今後も援助活動を継続していく。特に、レスボス島やサモス島の「ホットスポット」において、子どもたちをはじめとする弱い立場の人びとに向けて一次医療を提供していく。我々が島から撤退したり、活動を縮小すれば、庇護希望者たちへの影響は計り知れない。2万人が人道援助もないまま取り残されることになるのだ。 

いまそこにある人道危機を直視せよ

モリア難民キャンプにてテント暮らしを続ける家族 © Anna Pantelia / MSF

モリア難民キャンプにてテント暮らしを続ける家族 © Anna Pantelia / MSF

ギリシャにおける事態を悪化させたのは、EUの移民政策である。保護を求めてヨーロッパを目指す人びとを犯罪者や悪人に仕立てたところで、問題の解決にはならない。ヨーロッパ諸国は、ギリシャの島々で現実に起きている人道危機に真正面から向き合うべきだ。4万人余りがスラム同然の環境下で暮らしている。深刻な慢性疾患や精神疾患にあっても治療を受けられない人びとが大勢いるのだ。いますぐ彼らを安全な場所へ退避させなければならない。

EUは、人びとの生命を守り、健康上・人道上のリスクを抑え込むように、政策を変えていくべきだ。身の安全とより良き生活を求めて国境を越えようとする人びとが存在する。それは、まぎれもない現実なのである。EUの移民政策は人間の尊厳を守るものでなくてはならない。EU諸国の庇護制度は、保護を受けられる経路を増強して、状況に応じた医療がいつでも受けられるものにすべきである。

我々はいま何について話しているのか。単なる統計上の数字を語っているのではない。売買されていく商品の話でもない。いまそこにある生身の人間について話しているのである。 

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