ジャズ、ファンク、ソウルが融合したマリーナ・ショーの最高傑作『フー・イズ・ジス・ビッチ・エニウェイ』

『Who Is This Bitch, Anyway?』(’75)/Marlena Shaw

ジャズ歌手のマリーナ・ショーが75年にリリースした本作『フー・イズ・ジス・ビッチ・エニウェイ』はジャズサイドからニューソウルへと参入した作品で、ジャズ、ソウル、ファンクを融合させたサウンドとなっている。特に、バックメンとしてサポートしたチャック・レイニー(Ba)とハービー・メイソン(Dr)のコンビネーションは、キング・カーティスの『ライヴ・アット・フィルモア・ウエスト』(’71)やタワー・オブ・パワー『ライヴ・アンド・イン・リビング・カラー』(’76)などと並ぶポピュラー音楽史に残る名演のひとつである。本作における彼らの演奏は多くのプレーヤーに影響を与え、後に続くソウルやジャズのサウンドの変革に繋がっただけでなく、ポップソウル系のAOR作品にも大きな影響を与えることになった。

ブルーノート・レコード

本作『フー・イズ・ジス・ビッチ・エニウェイ』はジャズ専門のレーベルとして知られるブルーノート・レコードからリリースされているが、内容はジャズではない。そのあたりの事情をブルーノートの歴史から簡単に探ってみよう。

ブルーノート・レコードは1939年にアルフレッド・ライオンとマックス・マーグリスによって設立された。60年代中頃までは文字通り、バップやファンキージャズばかりをリリースするゴリゴリのジャズレーベルであった。50年代に、R&B;(黒人音楽)やカントリー(白人音楽)をミックスしたロックンロールが生まれ、60年代初頭にはロックンロールを含めた既存の音楽を進化させたビートルズやボブ・ディランが登場するなど、ポピュラー音楽を取り巻く環境が変化することで、ジャズ専門のブルーノートは商業的に立ちゆかなくなってしまう。結果、大手のリバティ・レコードに買収されることとなり、その商業路線についていけなくなったライオンは67年に退社する。

この後ブルーノートはゴスペルやソウルに傾倒したオルガン中心のソウルジャズや、聴きやすいイージーリスニングジャズなどにも触手を延ばしながら、70年代に向けた新たな方向性(よりポップへ)へと徐々に方向転換していく。ジェームス・ブラウンのグルーブ感を取り入れたジャズファンク作品を生み出すのもこの頃である。60年代の終わりから70年初頭にかけて、ドナルド・バード、ルー・ドナルドソン、ルーベン・ウィルソン、ロニー・スミスらが、後のフュージョンのもとになるアルバムを次々にリリースしていた。

現在のブルーノートはウォズ・ノット・ウォズのメンバーで優れたプロデューサーでもあるドン・ウォズが社長を務め、新世代のジャズのみならずアメリカーナ的なアーティストもサポートするレーベルとして活動している。

ニューソウルとエレクトリックピアノ

1971年にモータウン・レコードからリリースされたマービン・ゲイの『ホワッツ・ゴーイン・オン』は、ニューソウルの金字塔とも言うべきアルバムである。この作品は若手のソウル・アーティストらに多大な影響を与え、ダニー・ハサウェイ、ロバータ・フラック、カーティス・メイフィールド、ビル・ウィザーズらのような才能豊かなアーティストが次々にニューソウルのアルバムをリリースしていく。ニューソウルは公民権運動などの政治的な背景を持つものもあるが、一般リスナー(特に、歌っている内容がよく分からない日本のような非英語圏)にしてみれば、何より洗練されたそのサウンドに惹かれたのである。

ニューソウル作品の多くに見られる“サウンドの洗練”はエレクトリックピアノ(以下、エレピ)の使用に依るところが大きいと僕は考えている。エレピとしては60年代にもウーリッツァー等はあったが、70年代に入って広く普及したフェンダー・ローズの軽快で都会的な音がニューソウルのイメージにぴったりのサウンドを持っていた。ジョー・サンプルやリチャード・ティーなど本来は泥臭いプレイが持ち味のプレーヤーでも、ローズを弾くとお洒落なサウンドに聴こえてしまうのだから不思議なものだ。この後、エレピの音が組み込まれたシンセが登場するまでは、エレピと言えばローズが主流となる。

バカテクのリズムセクション

マービン・ゲイの『ホワッツ・ゴーイン・オン』でバックを務めたのはモータウン・レコードのハウスバンド、ファンク・ブラザーズで、メンバーのジェームス・ジェマーソン(Ba)とベニー・ベンジャミン(Dr)のプレイに大きな注目が集まった。ブルーノートのジャズファンク系作品の多くでバックを務めたチャック・レイニーやハービー・メイソンはファンク・ブラザーズの演奏に大きな影響を受け、ジャズファンクのサウンドも徐々にニューソウルのテイストが感じられるようになっていく。

チャック・レイニーは72年リリースのソロ作『チャック・レイニー・コーリション』ですでにフュージョン的なサウンドを構築しつつあったが、『ホワッツ・ゴーイン・オン』でのファンク・ブラザーズの演奏を参考にした上で、多くのブルーノート作品やSSW系作品にも参加して試行錯誤を続け、指弾きならではの華麗なプレイを身につけている。ハービー・メイソンもまた、ブルーノート作品やキャロル・キングなどのSSW系作品のバックを務めていて独自のプレイを模索していたが、ハービー・ハンコックの『ヘッドハンターズ』(’73)に参加することでその技術をランクアップさせた。

彼らふたりと同様に、本作でギターをプレイしているデビッド・T・ウォーカーはジャズファンク系やニューソウルをはじめ白人SSW系の作品にも多く参加しており、レイニーやメイソンと相性の良いグルーブ感を持っていたと言えるだろう。

白人SSW系のバックを務めることの多かった彼らの演奏に共通するのは、重量級でありながらも都会的でセンシティブな演奏ができること。汗臭さを感じさせないスマートなプレイができるだけに、ニューソウルやフュージョン系のセッションに引っ張りだこになったと思われる。いずれにせよ、彼らの演奏は歌を生かすためのノウハウを持っている上に華麗で洗練されていた。だからこそ、70年代のニューソウルやフュージョン系のサウンドにマッチしたのである。

結局、レイニー、メイソン、ウォーカーらは、ジャズ側の視点としてのソウルジャズや初期のジャズファンク、ソウル側の視点としてのニューソウルのムーブメント、そしてロック側の視点としてのSSW系サウンドなどのバックを務めることで、それらを昇華し融合させるための橋渡し的役割を果たしたのではないだろうか。

本作『フー・イズ・ジス・ ビッチ・エニウェイ』について

本作の収録曲は全部で10曲。アルバムは街で歩きながら会話する男女の寸劇「ダイアログ(原題:You Me and Ethel / Street Walkin’ Woman)」から始まる。当初は輸入盤で購入したので細かいやり取りは分からなかったが、その会話が怪しいものであることは理解できた。喋りが長いなぁ…と思っていたその時、会話に被さってフェイドインしてくるのが怒涛の16ビート。レイニーのうねりまくるベースに正確無比のメイソンのドラムが絡みつき、呆気にとられていると次の瞬間には4ビートになり、またまた16に変わるという目まぐるしさ。ショーの気怠いながらもタイトなヴォーカルは、16ビートの部分ではアレサ・フランクリンやエタ・ジェームスみたいなソウルフルなシャウトを聴かせ、4ビート部分では本来のジャズシンガーとしての歌い方をするという技を見せる。左右に振り分けられた2台のギター(デビッド・T・ウォーカーとラリー・カールトン)が弾きまくっていて、かなりノっているのが分かる。特に、デビッド・Tのゴリゴリと単音で攻めまくるプレイはエグい。歌伴なのにプロデューサーは止めなかったのだろうか。最初に聴いた時(LP)は、そのままフェイドインのちょっと前まで針を戻して、もう一度この曲「ストリート・ウォーキング・ウーマン」を聴く…というのを何回か繰り返してみたものの、何度聴いても圧倒されるばかりでずっと鳥肌が出ていたのを記憶している。それほど、この曲には衝撃を受けた。

最初の曲が衝撃的すぎて疲れてしまうが、他にもメローな「ユー・トート・ミー・ハウ・トゥ・スピーク・イン・ラヴ」(曲の中盤から歌っている最中にもかかわらずラリー・カールトンにリードギターを弾かせ、デビッド・Tは空を駆けるかのような美しいリズムギターを奏でている)や「ラヴィング・ユー・ワズ・ライク・ア・パーティ」のように美しいメロディーを持つナンバー、そして彼女の出世作となったソウルの定番曲「フィール・ライク・メイキン・ラブ」などが収められている。

マリーナ・ショーの作品としては本作を最初に聴いただけに、同じような感動と出会えるかもと思って彼女の作品を買い続けることになるのだが、残念ながら本作以外で印象に残るアルバムには出会えなかった。彼女がブルーノートに在籍している期間、プロデューサーは何人か変わっているので、本作のプロデュースを担当したベナード・アイグナーが最大の功労者と言えるのかもしれない。

TEXT:河崎直人

アルバム『Who Is This Bitch, Anyway?』

1975年発表作品

<収録曲>
1. ダイアログ/You Me And Ethel/Street Walkin' Woman
2. ユー・トート・ミー・ハウ・トゥ・スピーク・イン・ラヴ/You taught me how to speak in love
3. デイヴィー/Davy
4. フィール・ライク・メイキン・ラヴ/Feel like makin' love
5. ザ・ロード・ギヴス・アンド・ザ・ロード・テイクス・アウェイ/The lord giveth and the lord taketh away
6. ユー・ビーン・アウェイ・トゥー・ロング/You been away too long
7. ユー/You
8. ラヴィング・ユー・ワズ・ライク・ア・パーティ/Loving you was like a party
9. プレリュード・フォー・ローズ・マリー/A prelude for rose marie
10. ローズ・マリー(モン・シェリー)/Rose marie (mon cherie)

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