【佐々木淳コラム】誰のためのタスクシフトか

  メディヴァの大石さんにお声がけいただき、内閣府 規制改革推進会議の医療介護ワーキンググループで、医療介護関係職のタスクシフトについてプレゼンテーション。経済番組のコメンテータのようなすごい方々を前に、主に高齢者施設における介護職員の医療的ケア行為について、現状と課題についてお話をさせていただいた。

介護施設に入居するのは独居や老老世帯等による、自宅での生活が継続困難な人たち。
訪問介護と家族介護だけではケアのキャパシティが量的にも質的にも足りない。だから介護施設が選択される。

ワーキンググループ提出資料より

 しかし介護施設の多くは医療的ケアに充分対応できていない。自宅であれば家族が担うようなケアも、施設では介護のプロが手を出すことが許されない。看護師が24時間対応できるという施設は多くはない。

おのずと医療的ケアの対応レベルは、在宅介護よりも低くなる。

数日点滴できれば避けられる入院。しかし点滴には対応しないという施設は少なくない。
夜間に外れた酸素のチューブをつけることができない。たんが喉に溜まっていても吸引することができない。熱が出ていても、胃瘻のチューブから解熱剤を投与することができない。癌の痛みに苦しんでいても、目の前に準備された医療用麻薬を飲ませてあげることができない。

もちろん医師の往診で対応することができる。しかしその間、患者たちは苦しみ続けることになる。間に合わないこともあるかもしれない。そして夜中の往診には高い診療費が発生する。

介護施設の入居者たちは、医療的ケアが必要になった時、入院を選択するか、医療的ケアが可能な施設に転居するか、あるいは住み慣れたその施設で夜中に命の危機が生じるかもしれない状況を甘んじて受け入れるか、いずれかを選択しなければならない。

自宅での介護が大変だから施設に入居するのに。施設の医療的ケアの方が自宅よりも閾値が低い。
すこしおかしくないだろうか。

もちろん介護職が医療的ケアをすることにリスクもあると思う。しかし、介護職が医療的ケアをすることのリスクと、医療的ケアにタッチできないことのリスク、どちらが大きいのだろうか。

整理しなければいけない課題はたくさんある。
しかし、家族がやっているレベルのケアであれば、施設でもできるようにしてほしいと、僕は思う。
それができれば、入院しなくても済む、転居しなくても済む、そしてその場所で安心・納得して最期まで暮らし続けられる人はもっと増えるのではないかと思う。

高齢者住まい事業者連合会幹事・事務局長の長田 洋さんからは、介護施設・介護職の視点からはどう見えているのか、というお話をお聴きした。
タスクシフト=仕事の担当を変える、というニュアンスではなく、本来やるべき、目指すべきケアに介護職が自信と誇りをもってコミットできる環境を作るべきだ、という主張は、まさにその通りだと思った。
医師の負担軽減、という文脈でタスクシフトを語るのではなく本来の役割分担はどうあるべきか、というところから話し合うのが、おそらく一番の早道なのだと思う。

それは専門職の資格によって規定されるものではたぶんないだろう。地域の専門職ごとの充足状況によって、関わる専門職の個別性によって、そして患者や家族の価値観などによっても変化していく。
チームで目指すべき方向性を確認しながら、都度、最適な役割分担で仕事をしていく。本来の多職種連携が機能すれば、なんとなく実現できそうな気もする。もちろん既存の規制をクリアする必要があるが、よりよい世の中を実現するために、いま正面から考えなければならないテーマだと思う。

限られた時間だったが、自分にとっては、とても有意義なディスカッションだった。貴重な機会を頂戴した関係者の皆様に感謝申し上げます。

佐々木 淳

医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長 1998年筑波大学卒業後、三井記念病院に勤務。2003年東京大学大学院医学系研究科博士課程入学。東京大学医学部附属病院消化器内科、医療法人社団 哲仁会 井口病院 副院長、金町中央透析センター長等を経て、2006年MRCビルクリニックを設立。2008年東京大学大学院医学系研究科博士課程を中退、医療法人社団 悠翔会 理事長に就任し、24時間対応の在宅総合診療を展開している。

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