思考か?感覚か?トーキング・ヘッズから教わった都会暮らしの処世術 1985年 8月3日 トーキング・ヘッズのライブドキュメンタリー映画「ストップ・メイキング・センス」日本で劇場公開された日

パスカルとブルース・リーの言葉、いまだに理解できず…

パスカルは言った-- “人間は考える葦である”。ブルース・リーは言った-- “考えるな、感じろ”。どちらも含蓄があり過ぎていまだに理解できず、またそのバランスもとれていない自分がいる。その時々で都合よく、どちらかに寄っているだけなのかも…… という気がしないでもないが、いずれにしても偉大な哲学者や偉大な武道家の域には、自分はまだ達していない…… ということなのだろう。そんな内なる格闘の、初期の思い出話を少々。

知性を感じさせる稀有なアーティスト、トーキング・ヘッズ

1986年4月1日、大学進学を機に秋田から上京した自分は東京生活の第一歩を踏み出した。親元を離れて、初めての独り暮らし。4月2日、人口4万人の故郷の市を出た田舎者は、人口800万人以上の東京都区部に住民票を移した。いえーい、おら東京人だべ!

上京したら、やってみたかったことのひとつが、レイトショーで映画を見ること、だ。なにしろ秋田では見ることができない映画が多かった。レンタルヒデオの普及は、もう少し先のことだったので、東京のミニシアターやレイトショーで上映されたマニアックな映画とは縁がない。しかし、映画雑誌を読んではいたので、そういうまだ見ぬ虎の穴的な映画を見たかった。

4月3日、『ぴあ』を読んで、トーキング・へッズのライブドキュメンタリー映画『ストップ・メイキング・センス』のレイトショー上映がその日で終わることを知った。前年、トーキング・ヘッズのこのアルバムを購入したのは以前のコラム『鼓膜殺しのパチンコ屋を凌駕したトーキング・ヘッズのスッカスカ音』でも記したとおり。ご存じのようにトーキング・ヘッズは、アメリカのバンドの中でも知性を感じさせる稀有なアーティストだ。そこには何かあるに違いない。行くしかないだろう。

渋谷ジョイシネマでのレイトショー「ストップ・メイキング・センス」

というわけで、上映開始の30分前には着くようなタイミングで、いそいそと渋谷へ。夜の渋谷は『ブレードランナー』のようなまばゆさで、なんとも SFチックだった。酸性雨は降ってなかったけれど。

当時公園通りの入り口にあった映画館、渋谷ジョイシネマに着いたときには、すでに20人ほどが列を作っていた。映画を見るために行列に並ぶなんて、中学生のときの『銀河鉄道999』以来だ。ワクワクする!

中央通路寄りの席に着き、深みのある座り心地の良い椅子に座った。なんでも、この映画館の座席は “ボディソニック仕様” であるとのこと。何のことかよくわからなかったが、映画が始まって、すぐに理解した。ビートに合わせて椅子がゆれ、腰骨の当たりをずんずん刺激してくる。ティナ・ウェイマスのベースの音がビンビン体感できる。東京の映画館、すげえ!

意味をなそうとするな! 考えるな、感じろ!

そんなことに感心しつつ、肝心の映画だ。途中で、あれっ? と気付いたのだが、コンサート映画なのに観客がいっさい映らないのだ。歓声や拍手は聞こえてくるので、コンサート映画には違いないのだが、ひたすらステージ上のパフォーマンスのみがクールに映し出される。デビッド・バーンとジェリー・ハリソンのかっこいいこと。対して、ティナとクリス・フランツ、そしてギターやコーラスなどのサポートのメンバーは、実に楽しそうにプレイしている。不思議な空間だが、これは何か意味があるのだろうか?

などと思っていたら、バーンが肩幅の広いスーツを着て首をヒョコヒョコさせつつ、クライマックス「ガールフレンド・イズ・ベター」へ。大好きな曲なので、こちらもエキサイトしたのだが、映画のタイトルにもなった「ストップ・メイキング・センス!」の連呼で、ハッとした。“意味をなそうとするな!”―― つまりはそういうことなのだろう。“考えるな、感じろ”―― そう理解した。

大学での学科は哲学科だったので、その後、考えなければいけない機会は少なくなかったのだが、脳内キャパがそんなに広くない田舎者。“考える葦” に疲れては、ブルース・リーによりかかったり、トーキング・ヘッズにもたれかかったり。そんな人生を、かれこれ30年以上続けて、東京暮らしは田舎暮らしの年月をはるかに超えた。少しは都会人になったべが?

カタリベ: ソウママナブ

© Reminder LLC