F1と違い経済的犠牲を自ら背負ったマカオ。F3の聖地に学ぶ“健康な街”を手に入れる判断

 2020年のF1開幕戦オーストラリアGPは、マクラーレンのスタッフが新型コロナウイルスに感染していたことが判明し、同チームは開幕戦の出場中止を決断。グランプリは本来フリー走行1の走行開始が予定されていた時間の約2時間前に中止が発表された。

 各報道機関やチームからの発表を見ると関係者から不満が出ているようだが、その気持ちはよく分かる。ファンはもっとやきもきしたはずだ。ここまで決断が遅れた理由は、言うまでもなくギリギリまで開催を模索したからだろう。

 筆者は香港にも居を構え2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)も取材し、今回のコロナウイルスに関してもいろいろと取材しているが、基本的にギリギリに決断した事案は、その時点ですでに変更が効かないため、誰にとっても不幸というケースが少なくない。感染症はいかに先手を打つかが重要だ。

 その成功事例のひとつとしてモータースポーツ関係者にとって馴染みの深いマカオが挙げられる。マカオは現在、2月4日を最後に新規感染者は1カ月以上ゼロで、入院患者もゼロだ。理由はF1と逆に経済的犠牲を自ら積極的に背負うことで最終的に最小のダメージで済んだからである。

 マカオ政府は湖北省武漢市においてコロナウイルスの広がりを見せると、1月27日には強制隔離などを含み中国人の入境を厳しく制限。さらに2月5日からはカジノを15日間閉鎖するという決断をするなどの政策を次々に実施した。いまでは世界でも有数の感染率が低い安全な都市となった。

 現地ではカジノのシャッターが閉まり、マカオ市民が繁華街にいない光景は異様だったものの、その代わりに“健康な街”を手に入れたと言える。

木曜日の定例会見にはルイス・ハミルトン、セバスチャン・ベッテル、ダニエル・リカルド、ニコラス・ラティフィの4名が出席。会見だったため、という理由も考えられるが「消毒などできる対策をしてきた」というハミルトンも含め、マスクを着用している者はいなかった。

 オーストラリアGPに目を向けると、囲み取材では2メートルの距離を取るなど工夫もしているようだった。しかし、マスクをしていない関係者が多く、木曜日に行われた定例会見ではドライバーたちも誰ひとりとしてマスクをせず、距離も近い様子に驚きを禁じ得ない。

 また金曜日の朝、カーフュー(作業禁止)時間の終了とともにパドック入りするスタッフにもマスク姿のエンジニアはほぼ見えなかった。マカオ政府のトップ、賀一誠行政長官はマスク姿でカジノ閉鎖の記者会見をしていた。これは感染を防ぐためではなく、自分自身も潜伏期間中の可能性があるため二次感染をさせないためのものだ。

 F1ドライバーも“すでに感染し潜伏期間中でただ発症していないだけ”というリスクはゼロではない。世界保健機関(WHO)が3月11日に“パンデミック”であると表明したが、現時点においてのマスク着用は前述のように感染防止の目的ではなく、第3者に二次感染をさせないための方策であり、かつ相手に安心感を与えるためのエチケットだ。

 ハミルトンらは会見という公の場であるがゆえ、マスク姿は相手に失礼と感じたのかもしれないが、感染というリスクを考えたらそんなことは言っていられない。そこが徹底されていなかったのが問題だったのではないだろうか。

 マクラーレンのスタッフは14名が濃厚接触者ということでホテルで隔離され、レースチームのスタッフは14日間、工場・オフィスのあるテクノロジー・センターに戻ることがないという。しかし、イギリス政府の処置にもよるが彼らが帰国後に強制隔離や自宅隔離を要請されてもおかしくはない。

 いずれにしろ、現時点で次戦に向けた開発や準備も遅れるどころか、そもそも会社として勤務形態をどうするのかという問題にも直面するはずだ。また、イギリス政府の保健当局はテクノロジー・センターのスタッフにも接触者についての調査をし、ファクトリー内の消毒をするように要請しても不思議ではない。

 その場合、飛沫のさらなる拡散を防ぐために空調設備の調査を重点的に求めるだろう。加えて二次感染の拡大を防ぐためには感染経路を辿る必要があるため、感染したスタッフがメルボルンで接触した他のF1関係者の洗い出しも行なわれる。そのなかに濃厚接触者がいないことを祈るばかりだ。

 新型コロナウイルスの感染者がいる国と地域は150を超えた。F1は世界中を転戦するスポーツだが、多くの国で渡航規制や入国制限がはじまっており、飛行機も大幅に減便している。FIAとF1はオーストラリアGPを中止したその日の夜に、バーレーンGPとベトナムGPの延期を発表した。

 さらに3月20日にはオランダ、スペイン、モナコの開催延期も決定。モナコに限ってはその夜、主催者であるモナコ自動車クラブが「今年中(2020年中)の延期は不可能である」と声明を出し、1955年から65年連続で開催されてきた伝統のモナコGPは中止が決定した。

 事実上の開幕戦になるだろうと予想されていたアゼルバイジャンGPも延期となり、これで序盤8戦が延期あるいは中止となる。もしマクラーレン以外の関係者からふたり目の陽性反応が出た場合はその公算がより高くなる。

 プロスポーツは興業であり、レースの週末を通じてファンの間に感染者が出たら目も当てられない。レースの中止による経済的ダメージを受け、関係者の生活が厳しくなることも予想され、最悪の場合はチームが消滅する可能性も否定できない。

 しかし、一番肝に銘じるべきは健康・命に勝るものはないということだ。死ねば終わりだが、生きていれば、なんとでもなる。

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