EPICソニー名曲列伝:佐野元春「約束の橋」が与えてくれた肯定感について 1989年 4月21日 佐野元春のシングル「約束の橋」がリリースされた日

EPICソニー名曲列伝 vol.25
佐野元春『約束の橋』
作詞:佐野元春
作曲:佐野元春
編曲:佐野元春
発売:1989年4月21日

待ち遠しかった佐野元春のアルバム「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」

1989年6月1日に発売された佐野元春のアルバム『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』は、大学4年生、就職活動に忙しい私にとって、待ち遠しかった1枚だった。

待ち遠しすぎて、待ちくたびれた感じすらあった。『WILD HEARTS -冒険者たち-』や『ヤングブラッズ』など、名曲揃いだった『Cafe Bohemia』から3年。この3年はあまりに長すぎたからだ。大学生活のど真ん中がまるまる入った3年間。ブルーハーツが台頭してサザンオールスターズが復活した3年間。昭和が去って平成を迎えた3年間――。

『Cafe Bohemia』はLPで聴いたが、『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』はCDだ。大学生協で予約までして買い、キラキラ光るディスクを、まだまっさらな下宿のCDプレイヤーに載せた。しかし、印象は複雑だった。何だか地味なのだ。まず思ったのは、歌詞に英語が少ないこと。「Happiness & Rest」的な、意味はよく分からないものの、でもいい感じの英語フレーズが、これまでに比べて激減していた。

日本語の言葉遣いもどこか独特で、タイトルからして『ボリビア― 野性的で冴えてる連中』『おれは最低』『ブルーの見解』『雪― あぁ世界は美しい』と、何だかとっつきにくい。ディスクの盤面はキラキラしているのだが、『Cafe Bohemia』の収録曲が持っていた、あのキラキラした世界を、『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』は手放していたのだ。

3年間のうちに佐野元春も変わってしまったのか。

先行シングルは「約束の橋」今までの君はまちがいじゃない!

そんな中で、唯一迫ってきたのが、8曲目の『約束の橋』だ。先行シングルとして耳にしていた、ポップで人懐っこい仕上がりの1曲。思えば、これまたとっつきにくい実験作だった『VISITORS』(84年)でも、『TONIGHT』という、比較的ポップなナンバーの存在が効いていた。佐野元春という人には、そういうバランス感覚がある。

歌詞の中のパンチラインは「♪ 今までの君はまちがいじゃない」。この肯定感、この多幸感で、聴き手は一気に救われる。それはもしかしたら、佐野元春が自分自身に放ったメッセージだったのかもしれない―― 「80年代のティーンの腰を振らせて、胸をキュンキュンさせた、3年前までの僕の音楽は、決して間違ってはいなかった」

パンチラインは続く。「♪ これからの君はまちがいじゃない」―― 「そして3年後の今、少し大人になったリスナーに、少しばかり思索的な言葉でアプローチすることも、決して間違ってはいないはず」。

3年間の自分の変化を肯定する歌として、当時の私はこの歌を聴いた。そして、さらに30年以上経って私は、このメッセージが、当時の EPICソニーに向けられたようにも聴こえてきたのだ。

「ミスターEPIC」とでも言える佐野元春から、大沢誉志幸、岡村靖幸と進んできて、来たるCDバブルをにらんで、明らかに拡大戦略に向かい始めていたレーベルの「これまで」と「これから」を肯定する歌として。

1992年に「月9」ドラマの主題歌として再発、大ヒット!

さて、この『約束の橋』、佐野元春の最も売れたシングルなのである。しかし89年に発売されたシングルはたった3.9万枚。どういうことか。実は、92年にシングルが再発され、それが何と70.3万枚も売り上げたのである。それまでのシングルの最高売上が『Young Bloods』の17.8万枚だから、レベルが違う。

92年の10月から放送されるフジテレビ「月9」ドラマの主題歌として大ヒットしたのである。タイトルは『二十歳の約束』。主演は牧瀬里穂と稲垣吾郎。ドラマの内容は憶えていない。憶えているのは、こちらもフジテレビ『夢がMORI MORI』で流れた『二十歳の約束』のパロディで、牧瀬里穂の物まねをして、このドラマの定番セリフ「ヒューヒューだよっ」を叫んでいた森口博子の姿だけだ。

この大ヒットで『約束の橋』が佐野元春を代表する曲になってしまった。それは別にいい。いいのだけれど、当時『二十歳の約束』がきっかけで、カラオケボックスでこの曲を熱唱している、「にわか」佐野元春ファンを見て、あまりいい気持ちがしなかったのも事実だ。

当時の佐野元春ファンは2種類いた。頭に「ワン・トゥー・ワントゥー」というカウントが入っている『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』バージョンの『約束の橋』を聴いたことがあるか、否か。それでも、社会人になった私は、心の中でこうつぶやきながら、気持ちを押し殺していた―― 「ドラマの主題歌で語られるようになっていく、これからの佐野元春も、決して間違いじゃない」。

※ スージー鈴木の連載「EPICソニー名曲列伝」
80年代の音楽シーンを席巻した EPICソニー。個性が見えにくい日本のレコード業界の中で、なぜ EPICソニーが個性的なレーベルとして君臨できたのか。その向こう側に見えるエピックの特異性を描く大好評連載シリーズ。

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カタリベ: スージー鈴木

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