【MLB】元助っ人はかつての超有望株 鷹ペーニャは「Aロッド、グリフィー以上」燕ミレッジも

ソフトバンクや楽天などでプレーしたペーニャ【写真:編集部】

ペーニャは「ワンツールプレーヤー、外野の守備が悲惨だった」

 ソフトバンク、オリックス、楽天、ロッテでプレーしたウィリー・モー・ペーニャ外野手、そして2012~15年にヤクルトでプレーしたラスティングス・ミレッジ外野手はかつてメジャーリーグでも有望株として注目を集める存在だった。米スポーツ専門メディア「ブリチャーレポート」は「実際に日の目を浴びることはなかったが、MLB各球団の“見逃してはいけない”有望株」として2人のキャリアを振り返っている。

 エンゼルスのマイク・トラウト外野手やナショナルズのスティーブン・ストラスバーグ投手のように前評判が高くて実際に期待に応えられる選手もいれば「期待外れ」に終わった選手もいると記事は言及。まずはペーニャについてレポートしている。

 現在38歳のペーニャは2002年当時、米国の権威ある野球専門誌「ベースボール・アメリカ」のプロスペクトランキングで65位。記事は「ベースボール・アメリカのプロスペクトトップ100において、ウィリー・モー・ペーニャはトップ50に1度も入ったことはない。しかし、近年の記憶の中で彼は桁違いのパワーを備えていたこともあり、最も騒がれた有望株の1人だった」と伝えた。

 ドミニカ共和国出身のペーニャは2002年にレッズでメジャーデビュー。メジャー通算599試合に出場し、425安打、84本塁打、打率.250だった。NPBでは通算520試合出場、454安打、86本塁打、打率.261だった。

 ペーニャを獲得したスカウトのゴードン・ブレイク氏はジェフ・パッサン記者にこう話していたという。「多くのトッププレーヤーたちをこの目で見てきたことは、私にとって幸運なこと。私は高校時代のケン・グリフィーJr.を見た。高校時代のアレックス・ロドリゲスも見た。マニー・ラミレスもだ。彼らの中で、ウィリー・モーに匹敵するパワーは誰もいなかった。誰一人としてだ」。

 それほどのパワーを持ってしても、ペーニャはメジャーで確固たる地位を得られなかった。「残念なことに、彼はワンツールプレーヤーだということを証明してしまった」と記事は指摘。2004年にキャリアハイの26本塁打、通算84本塁打を放つも、「それ以外はからっきしだった。外野の守備が悲惨だった」とした。ペーニャの守備防御点(Defensive Runs Saved)は-34、キャリア通算WARは0.5だったと伝えている。

ミレッジ「ピカイチの存在になれるチャンスがあったが、酷い守備力」

 現在34歳のミレッジは2002年当時、「ベースボール・アメリカ」のプロスペクトランキングで9位だった。2003年ドラフトでメッツに1位(全体12位)で指名されたミレッジについて記事は、デルモン・ヤング(当時のデビルレイズ1位=全体1位)、クリス・ルバンスキー(ロイヤルズ1位=全体5位)、ライアン・ハービー(カブス1位=全体6位)らがいる中で、「ピカイチの存在になれるチャンスがあったようだった」と伝えている。

 現に2004年はマイナーで87試合に出場、打率.313、15本塁打、翌05年も110試合で打率.318、8本塁打と好成績を残した。「爆発的な勢いでトッププロスペクトシーンに登場した」と記事は伝えている。

 06年にメッツでメジャーデビューして同年は56試合、翌07年は59試合に出場。「まあまあの成績だったが、彼にはまだ素質が十分残されていた」として、メッツは07年シーズン終了後にナショナルズの選手2人とミレッジとの交換トレードを成立させた。翌08年はナショナルズの右翼手として138試合に出場、打率.268、出塁率.330、長打率.402、24二塁打、14本塁打、24盗塁を記録した。しかし、「彼は外野での酷い守備力(守備防御点-13)のせいでWARは-0.2だった」と伝えている。キャリア通算WARは0.5だった。

 ミレッジはメジャー通算433試合出場、404安打、33本塁打、打率.269。ヤクルトでは255試合、262安打、39本塁打、打率.272だった。ペーニャもミレッジも守備力に問題があり、メジャーで長くは活躍できなかったようだ。トッププロスペクトといえどもメジャーのトップ選手にのし上がるのは容易いことではない。(Full-Count編集部)

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