女性の髪が造った聖地への道 ミャンマーでも広がる「ヘアドネーション」【世界から】

アラウンドーカタパ・パゴダ。常に多くの人でにぎわっている=板坂真季撮影

 ミャンマー北部でインドと国境を接するザガイン地方の山あいに「シュエザビン・ロード」と呼ばれる約50キロの道路がある。日本語に訳すと「金の髪の道」。道路の名に、なぜ「髪」が入っているかご存じだろうか。2万人を超える女性たちが自らの髪を売って、道路整備費を賄ったことへの感謝を込めているからだ。近年、世界中で「ヘアドネーション(髪の寄付)」への関心が高まっている。そのミャンマー版ともいうべき、恐らく初めての大規模な成果がこの道なのだ。(ヤンゴン在住ジャーナリスト、共同通信特約=板坂真季)

  ▽歩くか、象に乗るか

  シュエザビン・ロードは、ミャンマーの仏教徒なら誰もが知る聖地「アラウンドーカタパ・パゴダ」へ続く巡礼ルートの一つだ。アラウンドーカタパは釈迦(しゃか)の3番弟子。日本では大迦葉(だいかしょう)や摩訶迦葉(まかしょう)と呼ばれている。アラウンドーカタパは諸国放浪の末に悟りを開き、この地で亡くなったとされる。彼の遺体を安置した洞窟を人びとは聖地としてあがめ、命日である2月の満月の日にはミャンマー全土から巡礼者がやってくる。

  パゴダがあるのは雨期になると近づくことさえできないほどの山奥で、周辺一帯は国立公園に指定されている。道路の整備も遅れており、歩く以外の交通手段は象のみだった。村で病人が出たとしても病院がある町まで運ぶのには困難をきわめ、そのためにこれまでに何人もの村人たちが命を落としていた。

  2006年、この地域の僧侶たちが道路を改修しようと近隣の村々に寄付を募ったが、どこも貧しく思うように集まらない。村の女性たちが思いついたのが、自分たちの髪を売って資金にする方法だった。

ヤンゴンの市場にある髪を買い取る店。同様の店は珍しくない=板坂真季撮影

  ▽功徳を積む

  米国で普及したヘアドネーションは、主に、小児がんや無毛症、不慮の事故などで頭髪を失った18歳未満の子どもに寄付された髪の毛で医療用ウィッグ(かつら)を作り無償で提供する活動を意味している。欧州や日本でも広がってきている。

  シュエザビン・ロードのケースは医療用ウィッグ向けではないが、社会の役に立つことを目的に寄付するという点は共通している。

  実は、髪を売ること自体はミャンマーでは普通に行われている。その証拠に、市場には髪を買い取る店をよく見かける。ミャンマーの女性の多くは伝統的にパーマや毛染めをしない。それゆえ、彼女らの髪は「バージンヘア」として中国を始めとする国々のかつら商人に大人気となっている。是非はともかく、貧困層の女性にとって、生活の支えとなっているのだ。

  近年はパーマヘアやショートカットの女性が増えてきているものの「まっすぐで長い黒髪」を女性の美しさにおける必須条件とする価値観は地方を中心にいまだ根強くある。それだけに髪を切ることで女性が払う犠牲は大きい。

  道路ができれば、熱心な仏教徒が多いミャンマー国民なら一度は訪れたいと強く願うアラウンドーカタパ・パゴダにより多くの人が参拝できる。それだけに、得られる功徳も大きいと、人々は考えた。加えて、この方法ならば暮らしに余裕がなくても寄進が可能だ。活動をメディアが報じるとザガイン地方だけでなくミャンマー全土から計2400キロにも及ぶ髪が集まり、あっという間に予定額を超えたという。

アラウンドーカタパ・パゴダの参拝客を運ぶ「象のタクシー」=板坂真季撮影

  ▽広がる賛同

  11年の民政移管による経済成長を受けて、ミャンマーは空前の国内旅行ブームとなっている。アラウンドーカタパ・パゴダは道がよくなったことに加え、象に乗って参拝するスタイルが評判となって巡礼者が急増。パゴダ側は今年の命日に巡礼した人は7千~8千人に上ったと推定していると、現地の新聞は報じている。

  人気の高まりに伴い、パゴダへの道路整備を実現に導いたヘアドネーションもより多くの人びとに認知された。髪は今も寄付され続けており、髪を売って得られた代金は他の地方の道路整備や病院建設などに使われているそうだ。

  ミャンマーは道路だけでなく、上下水道や病院、学校などの社会資本整備が遅れている。ヘアドネーションだけで全てを賄うことが難しいことは明らかだが、改善する一端となっているのは確かだ。今後のいっそうの盛り上がりを期待したい。

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