バナナマンのブレイク秘話「設楽の家が火事になるもそれをネタに」

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3月26日放送の『ジンセイQUEST 日村の大冒険』(NHK総合)でバナナマンの日村勇紀が半生を語った。

日村は広島県に生まれ、神奈川県相模原市で育った。名前の「勇紀」の由来は母によると「ノリ」で、「響きがよくて意味も込めずに決めた」と紹介された。日村も「聞いたことなかった」と驚いていた。

高校入学早々、つけられたあだ名は「ナニサマ君」だった。先生が教室に入ってきたとき、教壇に足を乗っけていたため、「お前はナニサマだ」と言われたからだという。

同級生とお笑いコンビ「陸上部」を結成。プロを目指しオーディションを受けに行き、審査員として渡辺正行がいた。渡辺が日村に抱いた第一印象は「かわいい顔してる」だったという。

だがコンビは解散し、1993年に設楽統とバナナマンを結成する。ブレイクのきっかけとなったのは『ザ・イロモネア』(TBS系)出演だった。収録の当日、設楽の家が火事になったのだが、それでも設楽は収録に駆けつけ、本番で焼けた携帯電話を取り出すと、会場は大爆笑になった。バナナマンは賞金100万円を獲得するが、その賞金は2人で分けず、すべて設楽に渡したという。

日村は『リンカーン』(TBS系)で初めて共演したダウンタウンに大きな影響を受けたことを告白。ダウンタウンについて「声がでけぇ! 俺たちはなにボソボソ(小声で)やってんだって。スターは声がでかい。目から鱗だった」と回想。設楽も「自分たちはカッコつけてた。楽しいバラエティ番組なんだからニコニコしてなきゃダメだ」と学んだことを明かしていた。