米失業保険申請、300万件超と過去最高でも「株高」の不思議

新型コロナウイルスの感染拡大で、世界の金融市場の動揺がなかなか収まりません。米国の複数の州や欧州各国は外出制限などを実施。工場の生産停止なども相次いでおり、ヒトとモノの動きのストップに伴う景気下振れへの警戒感が市場を覆っています。


前週の11.6倍の水準にハネ上がった

昨年は「独り勝ち」の様相を呈していた米国景気の先行きにも暗雲が垂れ込めてきました。2008年のリーマンショック後からの拡大局面もついに終焉を迎える公算が大きくなっています。

特に懸念されるのが、堅調に推移してきた雇用の腰折れです。今年2月の失業率は3.5%と実に50年ぶりの水準まで低下。「働こうという意思や能力のある人たちがすべて仕事に就いている」ことを意味する「完全雇用」の状態がしばらく前から続いていました。しかし、この数週間で雇用環境は一変しました。

中でも驚きをもって受け止められたのが、米労働省が3月26日に公表した失業保険の新規申請件数です。これは米国で失業保険給付を申請した人数を示すもので、英語では「Initial Claims(イニシャルクレーム)」などと呼ばれています。

発表は毎週木曜日の米国東部時間の午前8時30分。景気動向に敏感に反応する経済指標として注目する市場参加者が少なくありません。金融市場で関心を集める指標といえば、同じく労働省が主として毎月第1金曜日に発表する雇用統計がよく知られていますが、新規失業保険申請件数は雇用統計の「先行指標」ともいうべき位置づけです。

3月26日に明らかになった数字は21日終了週の申請件数を集計したもので、328万3,000件と過去最高を記録。前週の28万2,000件から11.6倍の水準へハネ上がりました。

昨年初めからの推移を示したのが下のグラフです。これまではほぼ一貫して20万~23万件のレンジにとどまっていた申請件数の急増がグラフからも読み取ることができます。

米労働省のホームページには1967年1月7日終了週から約53年分の新規失業保険申請件数のデータが収録されています。それによると、これまでの最高は1982年10月2日終了週の69万5,000件。最新の公表数字はこの水準も大幅に上回りました。

米国ではリーマンショック後、2010年までに合計で870万人あまりの雇用が失われたといわれています。それを考慮すると、今回の328万3,000という申請件数の大きさがおわかりいただけるのではないでしょうか。

<写真:ロイター/アフロ>

「感染拡大のピーク越えが近い」との連想が働いた?

「実際の件数はもっと大きくなったはず」と米国の一部メディアは指摘しています。「コンピュータシステムに過大な負荷がかかり、申請のできないケースが多かった」(同メディア)。

ところが、26日の米国の株式市場では、「意外」な動きがありました。新規失業保険の申請件数が発表された後、株価が急騰したのです。ニューヨーク市場のダウ平均は前日比1,351ドル62セント高の2万2,552ドル17セントと大幅に上昇して取引を終えました。

値上がりの理由をめぐる市場関係者の分析はさまざまです。「悪化はすでに相当程度、株価に織り込まれていた」と話すのは、ある日系証券の担当者。米国の一部金融機関の事前予想は400万件だったため、「思ったほど悪くなかった」との思惑から買い物が先行した、とみる向きもあるようです。

一方、SMBC信託銀行プレスティアの山口真弘・投資調査部長の見立ては異なります。「“これほど申請件数が膨らんだのは、企業がヒトの移動を抑えるなどコロナウイルス感染拡大の防止策に本腰を入れている証し”と受け止められた可能性がある」(同氏)。

ニューヨーク州などがレストランやバーの店内での飲食を禁止。映画館なども閉鎖に追い込まれました。こうした状況に対応し、多くの企業が従業員のレイオフ(一時帰休)や解雇に踏み切りました。「企業による取り組みが徹底されれば、感染拡大もピークを越えるとの連想が働いたのではないか」(同氏)。

むろん、今後も拡大に歯止めがかからないようだと、さらに雇用調整が進むシナリオも否定できません。27日の米国株式は4日ぶりに大幅反落。不透明感は残ったままです。

雇用が悪化すれば、米国の国内総生産(GDP)全体の7割を占める個人消費にも影響が及ぶのは必至です。「米国の景気後退への懸念から円に対してドル安が進みそう」。ある為替相場の専門家はこう予測しています。

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