ソフトボール〝勝手に応援〟芸人が目指すもの 新型コロナになんか負けない 「奇天烈オムレツ」東京五輪への思い

 ソフトボールを模したかぶり物に、自作のユニホーム。スタジアムに響く誰よりも大きな声援。奇妙な格好で球場を盛り上げるのは、ソフトボール大好き芸人を自称するお笑いコンビ「奇天烈オムレツ」(松竹芸能所属)だ。大好きなソフトを広めようと、試合会場に足を運び、女子の日本代表選手らとの交流をSNSで発信している。東京五輪1年延期も「普及のための準備の期間ができた」と明るい。金メダルの有力競技でもあるソフトボールへの思いを語った。 (共同通信=志津光宏)

藤田倭選手とお笑い芸人「奇天烈オムレツ」

 ▽和やかな空気

 「このピッチャー、(投げる)球速いよ!」「見てから(バットを)振っても遅いから!」

 2019年12月、沖縄合宿の合間に開かれた、マスコミ対選手の「懇親試合」。マスコミ側で参加したツッコミ担当のはつをさん(35)の檄(げき)が飛んだ。ボケ担当のちばなちなこさん(27)は、ピッチャーとして登板した。「静かにして!」。選手らからも笑い声が上がる。球場全体が和やかな雰囲気に包まれ、2人と選手たちの仲の良さが伝わってくる。

 ▽マイナー競技なの?

 ちなこさんはソフトボールが盛んな沖縄県読谷村出身。小中高とソフト一筋で県選抜にも選ばれたことがある。大学進学で競技から離れたが、3年の時に訪れたベトナムで、ソフトの知名度の低さに驚かされた。「自己紹介すると、みんなが『え?ソフトボールって何?』って顔。力を入れてきただけにショックだった」。

奇天烈オムレツ

 思えば国内でも盛り上がりに欠ける。何かできることはないかと考える中で、ちなこさんが着目したのは、小さな体にキノコのような髪形といった自らの個性的な容姿だった。

 「そうだ、芸人になろう」

 有名になり、広告塔としてソフトの普及に力を入れようと考えた。16年、同じくソフト経験者だったはつをさんと芸能事務所の養成所で出会い、コンビを組んだ。

 「芸人はあくまでソフトボールを広めるための手段」と言い切るちなこさん。はつをさんもその思いに賛同した。

 ▽レジェンドに…

 無名コンビの草の根の活動は「とにかく球場に足を運ぶこと」。2人でレンタカーに乗り全国を巡り、車中泊をすることもあった。使った費用は200万円を超えた。芸人としての収入だけではとても生活できないため、アルバイトで生計を立てる。

 そんな2人のけなげな活動が、選手や監督らの目にも止まるようになった。「冷たくされることはなかったけれど『応援してくれる変な奴』くらいには思ってくれていたのかな」とちなこさんは笑う。ターニングポイントになったのは18年8月、千葉県で開かれた世界ソフトボール女子選手権大会。応援に行った際、シドニー、アテネ両五輪で、日本代表をメダルへと導いた宇津木妙子元監督と話したことだった。

元監督の宇津木妙子さんと記念写真を撮る奇天烈オムレツ

 はつをさんは「いても立ってもいられず、声をかけました」。宇津木さんから言われた「2人のこと知ってるよ。いつも盛り上げてくれてありがとうね」という言葉に、跳び上がるほど興奮したという。

 「宇津木さんに自分たちの活動を知ってもらえた」。小さい頃から見てきた「レジェンド」との遭遇に、ちなこさんも「一つ夢がかなった」と心を躍らせた。交流は現在も続いている。

 ▽選手から「喝」

 最も仲の良い選手は、「女イチロー」の異名を持つ主将の山田恵里選手だ。食事すると無名の2人を「お金足りてる? 大丈夫?」と気遣ってくれるという。「普通の女の子なんて言ったら怒られちゃうかな。でも、大好きなお姉さんです」と親しみを込めた。

 2人が発信するSNSにも積極的に登場する。ただ、仲が良いからこそ「体育会系」の厳しさを見せることもある。

 19年、仙台市で開かれた日米対抗戦。一塁コーチャーにいた山田選手は、スタジアムにいる2人を見上げた。ほぼ満席だったが声援は少なく、静かな観戦が続く。たまりかねた山田選手は、口に手を近づけ「声を出せ」とジェスチャーした。

 山田選手からのメッセージを受け取ったはつをさんは「日本! 日本!」と大きな声を上げた。「恥ずかしかったですが、やるしかないって思った」。試合後、山田選手からは「もっと声を出して、盛り上げてよ」と言われた。

 「ソフト界を盛り上げたい思いは、山田選手も同じだと思います」と語る。その年の12月に山田選手が2人に送った言葉は「相乗効果」。これには「私たちも五輪で金メダルを取る。奇天烈オムレツも芸人として有名になろう。一緒にがんばろう」という思いが込められていた。

山田恵里選手

 ▽何ができるか

 ソフトボールの魅力は「スピード感」と2人は声をそろえた。ピッチャーマウンドからバッターボックスが近く、ベース間の距離も野球に比べて短い。「女子だからといって変にかしこまらず、白熱した試合が楽しめる」という。

 子どもから大人まで、なじみのあるソフトボールは、誰もが一度はプレーしたことがあるはず。でも2人にあるのは「なぜか盛り上がらない」というジレンマだ。

 そんな中、自分たちなりに考え、頻繁にSNSを更新している。選手のオフの日の過ごし方、行きつけのラーメン店、遠征での必需品など、仲が良いから分かる「素の選手」を紹介することで、競技だけでなく選手個人にも興味を抱いてもらえると考えている。

上野選手と記念撮影する奇天烈オムレツ

 2人のSNSには上野由岐子選手、藤田倭選手など、スター選手以外にも、まだ知名度の低い名選手が名を連ねる。はつをさんは「力のある選手は他にもたくさんいる」。SNSの反応をみると、選手を知ってから競技に興味を持ってくれる人もいるという。

 「自分たちができることは何なのか」。細かいルールや見どころ、球場への行き方…。ソフトボールを観戦したことがない人が必要とする情報は多い。ちなこさんは「まだまだ発信できることはある」。ツイッターのフォロワー数は少ないが「目標は1万人」と夢は大きい。

 予定されていた五輪の観戦チケットも購入していた。費用は2人で約20万円。しかし、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により、五輪そのものが延期になった。「亡くなった方もいるので仕方がありませんが、やっぱり残念です」と肩を落とす。

 感染が広がった頃から、選手たちの活動も自粛状態。はつをさんによると、自宅待機を命じられた選手もいるという。「今は選手も英気を養う期間かもしれませんね」とする。

 でも、08年の北京五輪以来となる「ソフトボール強豪国・日本」の活躍を想像すると、期待は膨らむ。「私たちにとっても助走期間ができたと思って、これから1年、ソフトの勉強します」と明るい。「SNSで実況できるくらいになると良いね」と前向きだ。

 芸人で見た目も奇抜なため、活動がふざけているように見えてしまうかもしれないが、ソフトへの思いは熱い。選手と同様に東京五輪にかけてきた。「五輪の時はコンビで金髪に染めます。これまで応援してきた私たちにとっても大きな舞台です」。

 選手たちの首から金色のメダルがぶら下がっていることを夢見る。

試合終了後、北京五輪での念願の金メダルを手に笑顔でポーズをとるソフトボールの日本チーム=豊台ソフトボール場(共同)

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