桃色の切符

 もしかして、この前の雨のいたずらで…と気に掛けながら、うちの近所の桜を見上げる。大丈夫、ちゃんとあった。満開を待つ花々の薄桃色に心を和ませる▲紙面も春の色で染めようと、きょうの本紙は「さくら版」でお届けする。県内あちらこちらの桜の名所をカメラマンが訪ね歩いた▲これで5回目になるが、ありがたいことに「毎年楽しみ」という声も聞く。いつもの春と違い、自粛ムードで花見スポットは人影まばらという。ページを繰って、せめて「紙上の花見」にお出掛けいただきたい▲季節が明るく扉を開き、暦が一枚めくられる。きょう新しい年度が始まり、就職、異動で「初めまして」「どうぞよろしく」と明るい声が交わされるだろう。柔らかなピンクに彩られ、節目の頃が巡ってきた▲今の時分、詩人の杉山平一さんの「桜」という詩の一節を思い浮かべる。〈みんなが心に握つてゐる桃色の三等切符を/神様はしづかにお切りになる/ごらん はらくと花びらが散る〉。わずかに切れ込みのある花びらは、はさみを入れた切符なのだと詩人はいう▲人が押し合い、へし合いする三等列車では、時に疲れることもあり、時に車窓の景色が心に染みることもあるのだろう。桃色の切符を心に握って旅に出る人、旅を続ける人に、きらめく春の陽光を。(徹)

 


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