各地に検問所を設置、「ロックダウン」で急変したバンコクのいま

地球規模での爆発的感染が続く新型コロナウィルス。東南アジア各国でも不気味な静けさを伴いながら感染者数は増え続け、人びとの心に暗い影を落としています。3月27日時点で感染者1136人、死者5人を出し、検査待ちの患者も千人単位で抱えるタイでは、これ以上の感染拡大を防ぐため、外国人に対する入国制限と国内移動の制限をもうけるロックダウン、事実上の「鎖国」に踏み切りました。


報道を機に状況が一変

これまでは比較的のんびり構えていたタイ人や在住外国人も、ムエタイスタジアムで起きた集団感染の報道を境に、一気にシリアスモードに。ショッピングモール、映画館、パブ、マッサージ店、風俗店など娯楽施設はすべて閉鎖され、次々と灯りが消えゆくレストランは持ち帰りとデリバリーのみの営業に。生活必需品を求める人びとがスーパーマーケットのレジ前に長い列を作り、刻一刻と悪化しながら、日常が非日常に覆われる様子に翻弄されています。

各航空会社は続々と減便や運休の決定を下し、旅行者も激減。タイに向かう航空機に搭乗する(一部を除く)外国人に、72時間以内に発行された「コロナ陰性を示す健康証明書」と10万ドル以上補償の保険加入をタイ政府が義務付けました。周辺国への国境も封鎖が相次ぎ、職を失った地方出身者や出稼ぎ労働者たちが急いで帰郷しようとバスターミナルに殺到。この光景は、地方への脱出を急いでさらなる感染地獄を招いたイタリアと重なります。

日系スーパーの行列

タイ政府のコロナ対策はここから大きな決断を下します。東京で一日に41人の感染者を出し、小池百合子都知事がロックダウンの可能性を示唆した日の翌24日、首相による緊急記者会見の中で3月26日より4月30日までを区切りとした「非常事態宣言」を発令。

これまでの部分封鎖から一気に外出禁止か?とタイ全土がザワついたものの、3月27日時点では外出禁止令やそれに伴う時間制限はなく、幼児と老人の外出を控えるよう呼び掛けるに留まりました。ただし、ムエタイスタジアムなどリスクある場所への立ち入り、商品の買いだめや過密な集会、フェイクニュースの流布、マスク無しでの交通機関の使用などが禁じられているほか、バンコク市内と近郊に複数に検問所を設置し、行き先の確認や身分証の提示、検温やマスク着用を24時間体制でチェックする見通しです。

つい先日までの観光立国だった面影は消え失せ、人の代わりにネズミが堂々と闊歩する夜の街では、タイ国軍による道路の消毒が連日行われています。

ビジネスにも影響が

街からは子供の姿も消えました。帯同家族を日本に帰すよう要請した日系企業も多く見られ、邦人向け学校のみならず、すべての学舎の休園休校が徹底されるなか、コンドミニアムのプール、ジム、プレイグラウンドも全面閉鎖。体力のあり余る子をもつ子育て世代は「不要な外出を抑えるため、それにストレス発散のため、食事のデリバリーは欠かせません」(母親)とため息をつきます。タイに3000店舗以上ある日系飲食店は、デリバリーとテイクアウトに注力。突然の業態変更に戸惑いながらも、コロナ時代の“非接触”ビジネスに活路を見出します。

日本人に人気のデパートの閑散ぶり

タイ人、在住邦人ともに、日によって波はあるものの買いだめの動きも止まりません。日系スーパーの店員は「最大の売れ筋は日本製のカップ麺。このままでは入荷が間に合わないペースで売れています。米や飲料水、ティッシュは在庫も潤沢で、当面なくなることはないですね」と、少々やつれ顔。コロナショック以降の売上げを尋ねると「上がっています」としながらも、具体的な数字の言及は避けました。買い物客は「午前中に来ないと生鮮食品の棚がカラになってしまうので。肉や魚、ハムなどの加工食品は冷蔵庫に詰められるだけ買うつもりです」と長期戦に備える姿勢をのぞかせています。

いっぽうタイ人は、魚の缶詰と「ママー」ブランドのインスタント麺、麺に添える卵を中心にカゴいっぱいに詰め込む買い物客が目立ちます。それを見越したスーパーやコンビニも普段より缶詰め等を積み上げ、タイ人を強く意識した品揃えで迎え撃ちます。

魚の缶詰を並べたセブンイレブンのタイ人向け売れ筋コーナー

また、機を見るに敏な銀行や保険会社がこの機会を逃すまじ!とばかりに新型コロナ保険を販売し、多くの加入者を集めましたが、「わざとコロナに罹患して保険金をせしめる者が現れた」と出所不明の噂が出回ったり、フェイクニュース厳禁と釘をさす政府通達の直後に「外出禁止令は今日20時から」などのフェイク画像が出回るなど、混乱の中にもどこか滑稽さが漂うのは、大らかなタイの風土が関係しているのかもしれません。陰謀論も盛んです。

今後、日本も感染者の抑え込みが難しくなれば、ロックダウンを経てタイやほかの大都市と似た道筋をたどることになるでしょう。ただしデメリットばかりではないようです。ベネチアの封鎖で運河の水質改善が認められたように、バンコクの深刻な大気汚染と世界最悪と名高い渋滞はウソのように解消され、衛生レベルや環境に対する意識もこれまでにない勢いで上がっています。いま世界は歴史的な大転換期を迎えており、ウィルスと人類の生き残りを賭けた戦いの果てには、働き方も含めた生活スタイルも新たなフェーズに入るのだろう…と希望を抱かずにはいられないのです。

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