サンボマスターの思いがその音に溢れて出た傑作『僕と君の全てをロックンロールと呼べ』

『僕と君の全てをロックンロールと呼べ』('06)/サンボマスター

3月25日にサンボマスターのトリビュートアルバム『サンボマスター究極トリビュート ラブ フロム ナカマ』がリリースされた。というわけで、今週はサンボマスターの名盤をチョイスしたい。彼らも今年結成20周年。2020年はこれ以降も新曲が続々と発表、配信されたり、(コロナ関連で4月からのツアーではその一部の延期が発表されたのは残念だけど)9月には記念のライヴも予定されていたりするから、楽しみに待ちたい。

何かがあふれて出しているサウンド

音楽に限らず、芸術作品を前にして“○○○が滲み出ている”といった表現をすることがある。“あの人の文章には人柄が滲み出ている”といった具合だ。今回サンボマスターを紹介するにあたって、このバンドほど、“滲み出る”といった形容が似合う人たちもそういないだろうなと考えつつ、『僕と君の全てをロックンロールと呼べ』を聴いてみた。これは“滲み出る”なんていう生易しいものではない。あふれて出ている。噴き出ている。いや、飛び出ているといった言い方でもいいかもしれない。漏れているとか滴ってるとかいうレベルではなく、何かがドバッと出ている感じだ。音楽を聴いてはいるのだが、聴いているというよりも浴びている状態に近い体験だろうと思った。

また、サンボマスターの場合、例に挙げた“あの人の文章には人柄が滲み出ている”といったような、何となくそう感じるというような話ではなく、実際にあふれて出ているし、噴き出ているし、飛び出ている。抽象論や印象論ではなく、物理的な波動とでも言うべきものがそうなっているのである。以下、『僕と君の全てをロックンロールと呼べ』収録曲からそれを見ていこう。

まずサウンドである。サンボマスターは山口 隆(Vo&Gu)、近藤洋一(Ba)、木内泰史(Dr)の3人による3ピースバンドだ。本来…と言っていいものかどうか分からないけれど、このバンドから出る音は、メンバーに鍵盤がいたり、ギタリストが2名いたりするバンドよりはシンプルなはずである。ところが、彼らから出る音は、メンバーが4人や5人いるバンドにまったく引けを取らない。M12「二つの涙」辺りではオルガン(たぶん)が、M14「ベイビー優しい夜が来て」ではピアノが鳴っているのだが(その意味においては、事実上、基本の3ピースから溢れて出て、噴き出て、飛び出ているのだけど…これは冗談)、全体にはほぼ必要以上にデコレーションしていない印象である。だから、実際シンプルと言えばシンプルなのだが、まったくと言っていいほど、そんなふうには聴こえないのである。

“そうは言っても、弾いてるのはエレキギター、エレキベースなんだから、シンプルに聴こえないのは当然じゃん”と心ない市民からの通報があるかもしれない。確かにそれはそうかもしれない。エレキギターはエフェクターをかければさまざまに音が変化する。歪ませてコーラスとディレイをかけるなんてこともできる。だが、サンボマスターも山口は[エフェクターはブースターしか使用しておら]ないというのだ([]はWikipediaからの引用)。Wikipediaにはたまに事実認定されていないことも掲載されているそうなので他にも調べてみたが、山口がひとつくらいしかエフェクターを使っていないのは、ファンには有名な話らしいし、本人がTwitterで“エフェクターも何でもいいんだ。なくたっていいんだ(笑)”と呟いていたから間違いなかろう。それでいて、M1「二人ぼっちの世界」、M4「君の声は僕の恋僕の名は君の夜」辺りで聴かせる重くてザラっとした感触のギターの音色からは、明らかに何らかの汁が出ている印象だ。少なくとも“エフェクト少なめ”である感じはない。単音弾きや細かくないストロークではきれいめな音色を響かせており(これはブースターの効果だろう)、それらのコントラストが余計にあふれて出、噴き出、飛び出ている感を際立たせているのかもしれない。

ちなみに、近藤に関してはエフェクターを使用しているか否かは調べが付かなかったけれど、少なくとも凝った音処理をしているとは思えないので、おそらくエフェクターは通していないだろう。しかしながら、彼のベースの音もまた山口のギター同様、決しておとなしいものではない。木内のドラムも…以下同文。ドラムセットは基本生音であろうから、説明するまでもない。逆に言えば、サンボマスターはそんな3つの音が合わさっているのだから、まさにそのサウンドは何かがドバっと出ているのだ。本作収録18曲の全てがそうではないだろうからこの言い方は語弊があるだろうけど、概ねほぼ引き算をしていない…といった印象は拭えない。

何かが噴き出しているメロディー

次にメロディー、主旋律──いわゆる歌メロについて。サウンドに関しては、事前に抽象論や印象論ではなく…と言いつつも、若干そちら方向に傾いてしまったことは否めないけれども、歌はイメージでそう言うのではなく、本当にメロディーが飛び出ている。話題のドラマの主題歌となり、サンボマスターの名を世に知らしめた出世作M3「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」が分かりやすいだろう。サビ後半の《僕等なぜか確かめ合う 世界じゃそれを愛と呼ぶんだぜ》《今までの過去なんてなかったかのように歌い出すんだ》。あまり耳馴染みがない方は実際に聴いて確めてほしいのだが、この楽曲のことを知っている人は、ここの箇所を思い出してもらうだけでも、その飛び出し具合を認知してもらえると思う。より具体的に言えば、上記の歌詞の《呼ぶんだぜ》《歌い出すんだ》の部分である。歌であるので間違いなくそこに音符はあるはずである。本人が楽譜を書いていないにせよ、たぶんバンドスコアもあるだろう(実際、市販されている)。

ただ、この楽曲での歌はそれを正確に追っていないことは素人でも分かる。楽譜があらかじめ用意されていたとして、そこに乗ってない感じ──誤解を恐れずに言えば、その用意された音符をあえて無視しているような感じがある。音符の枠に収まり切らないというか、ちょっと良い言い方をすれば、音符を超えていると言ってもいい。シャウトと言ってしまえば簡単かもしれないが、そういうことでもない気がする。単に叫んでいるんじゃなく、歌詞の一言一言にしっかりと感情を込めている内に、自然と一語一語にも旋律が着いたような感じと言えばいいか。《呼ぶんだぜ》にしても5つの音符にその言葉がハマっているのではなく、《よ》と《ぶ》と《ん》と《だ》と《ぜ》のそれぞれをいくつかの音符が彩っている。しかも、それらがCとかGとかB#とかE♭とか単音ではなく、その中間というか、これまた素人目にも(素人耳にも?)、“これを正確に音符に起こすのは難しいだろうな”と思うような代物である。

多くの人に耳馴染みがあるだろうとM3「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」を例に挙げたが、こうした音符から飛び出したメロディーは随所にある。全曲そうだと言っても過言ではなかろう。そんな部分ばかりだったので、途中から細かくチェックするのを止めたのだけど、分かりやすいところで言えば、あと、M8「愛しさと心の壁」、M10「ゲットバックサンボマスター」、M13「離れない二人」辺りが挙がるだろうか。この辺は歌詞の乗ったところ、つまり歌メロで譜面に落とし込めないと思われる箇所が多いのもそうだが、ヴォーカルのスキャットやアドリブも特徴的だ。これはM8とM10が顕著のように思う。具体的にはM8の♪ガッタ、ガッタ♪がそれ。M10にも歌詞の乗らないボーカルパートがかなり出てくるが、こちらは書き起こし不可能と思われる箇所も多い上、ひとつひとつ書き取るのも面倒なので、文字化は断念した。これも印象を語ってしまって申し訳ないけれども、感情が先走って言葉が着いていかない、あるいは思いが先走って口が着いていかないようなテンションだと思う。

誤解のないように言っておくと、歌の旋律が音符から飛び出しているようだと言うと、中には所謂“音痴”と誤解する方がいらっしゃるかもしれないが、そうでないことを強調しておく。言うまでもなく、山口の歌は“調子外れ”でも何でもない。飛び出ていると言っても音符から度を越すほどに外れているわけではないし、シャウトにしてもアドリブにしても、無論、適当にやっているわけではないことは、これまた言うまでもない。ロックやリズム&ブルースのマナーにしっかりと則っている。M8「愛しさと心の壁」の♪ガッタ、ガッタ♪はまさしくそれで、この辺りが楽曲内でシームレスに出現するというのは、山口の体内にそれらの音楽のDNAが取り込まれている何よりの証左ではなかろうか。基本はちゃんとしていると言い換えてもいい。『僕と君の全てをロックンロールと呼べ』は後半に進むにつれてリズム&ブルース~ソウルミュージックの色が濃くなっていくの印象はあるのだが、アルバムを聴きながら、山口とサンボマスターのルーツが露わになっていくようで、この辺りも一作品としてとてもいい感じである。

何かが飛び出しているリリック

さて、ここまで、サンボマスターのサウンド、歌のメロディーにおいて、そこからあふれて出て、噴き出て、飛び出ているものがあると述べてきたわけだが、何故にそうなっているのかと言えば、その理由は端的に言っていいと思う。強烈に伝えたいことがあるからである。山口のスキャットやアドリブを指して、感情が先走って言葉が着いていかない、あるいは思いが先走って口が着いていかない…と前述したが、伝えたい気持ちが強すぎて、それが前のめりとなって出現しているのだ。何しろ、本アルバムの前作であるメジャー2ndのタイトルが“サンボマスターは君に語りかける”なのである。この辺りはサンボマスターの本懐でもあるのだろう。

その伝えたいことの中身は何であるかと言えば、M7「戦争と僕」のように、ずばり戦争をモチーフとしたと思しきものもあったりするし、決してそのテーマは一辺倒ではないが、そのほとんどは“僕”と“君”(あるいは“俺”や“あなた”)の物語に要約される。M1「二人ぼっちの世界」、M4「君の声は僕の恋僕の名は君の夜」、M12「二つの涙」、M13「離れない二人」、M17「僕と君の全ては新しき歌で唄え」など、タイトルにもそれが表れている。その根底にあるものは、“君”、あるいは“あなた”とつながりたいという気持ちの表れ、少なくともその気持ちが届いてほしいという希求であると言っていいと思う。

《心の声をつなぐのが これ程怖いモノだとは/僕等なぜか声を合わす/今までの過去なんてなかったかのように歌い出すんだぜ》(M3「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」)。

《僕等ただ東京のさびしい恥さらしさ/あなたの夜が知りたいの そんな奴よ/僕等ただ愛しさはそっと感じてたいの/夜霧にまみれて何か変なことしたい気分/僕等はきっとそいつを唄にする》(M10「ゲットバックサンボマスター」)。

《俺たちは新しき日本のソウルミュージックで/あなたとオレでさぁ涙を流してぇんだよ!!/あぁそれでも美しく汚い世界》《新しき日本語ソウルの道と光をアンタと歌いてぇんだよ》(M12「二つの涙」)。

《今が光でも明日が闇ならば 僕はどちらの日々も要らぬさ/それでもあなたがウソだと言うなら/君と僕の ずっと消えないモノ すぐに消えるモノ/光と影の歌を唄うのさ》(M15「全ての夜と全ての朝にタンバリンを鳴らすのだ」)。

《僕たちの朝は今までのことただ許せるまで祈るのさ/輝くものにただ明日のため 歌えよ/僕らの生きたその証に水色模様の愛を探そう/心を乗り越えよう》(M17「僕と君の全ては新しき歌で唄え」)。

《僕にとってこの世界は理由(わけ)もなく怖いモノなんだ/大切なはずの人にも裏切ってばかりきたんだ/走り去って消えたモノや 今になって気付いたモノが/僕のこと呼び止めて唄いだす》《そして僕達は決して恐がらずに/言葉と肌の色を越えてさぁ/唄おうぜ 唄おうぜ》(M18「何気なくて偉大な君」)。

小難しい説明は不要だろう。つながりたいという気持ちを歌、バンドサウンドで届けたい。サンボマスターとはそうしたバンドであることが歌詞からもよく分かる。その強い気持ち、強い思いが、サンボマスターの楽曲を構成するあらゆる要素を溢れて出させ、噴き出させ、飛び出させているのだ。

TEXT:帆苅智之

アルバム『僕と君の全てをロックンロールと呼べ』

2006年発表作品

<収録曲>
1.二人ぼっちの世界
2.手紙 ~来たるべき音楽として~
3.世界はそれを愛と呼ぶんだぜ(アルバムバージョン)
4.君の声は僕の恋僕の名は君の夜
5.絶望と欲望と男の子と女の子
6.世界はそれでも沈んでいくんだぜ
7.戦争と僕
8.愛しさと心の壁
9.心音風景
10.ゲットバックサンボマスター
11.あの娘の水着になってみたいのだ
12.二つの涙
13.離れない二人(アルバムバージョン)
14.ベイビー優しい夜が来て
15.全ての夜と全ての朝にタンバリンを鳴らすのだ(アルバムバージョン)
16.東京の夜さようなら
17.僕と君の全ては新しき歌で唄え
18.何気なくて偉大な君

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