新型コロナ禍で開幕3戦の取材をキャンセル。自由のありがたみを痛感する毎日に/海外ジャーナリストF1特別コラム

 世界中で猛威を振るう新型コロナウイルスの影響を受けて、国内外を問わずモータースポーツではレースの延期、中止を余儀なくされている。F1も、未だ2020年シーズン開幕の目処は立っていない。

 今回のコラムでは、ヨーロッパ各国の新型コロナウイルスとモータースポーツ事情をご紹介。500戦以上のF1取材経験を持つベテランジャーナリストがスイスの事情を語った。

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 スイスでも人々の話題は、コロナウイルス一色である。そしてヨーロッパのこの小国でも、感染者は確実に増えている。4月1日現在で、累計感染者は16605人、死者は433人。前日比それぞれ683人、74人増加した。約850万人というスイスの総人口からすると、この数字はかなり大きいといわざるを得ない。ここまで重大化したのは、3つの要因があると思われる。

 まず、隣国イタリアからの影響である。スイス南部ティチーノ州は感染爆発を起こしたイタリア北部と隣接しており、そこから感染者が流入したようだ。

 次にリゾート地として世界的に有名なチロル地方が、大きな感染源となった。ここでスキーや連夜のパーティを楽しんだ人々が、バカンス後にスイスやフランス、ドイツに戻って、自宅や職場で感染を拡大させた可能性が高い。

 そして最後に、スイス当局の対策の遅れである。あくまで私の個人的な見解だが、あと10日ロックダウンを早めていれば、ここまで被害が広がることはなかったと思う。

 遅ればせのロックダウン後、スイス人たちの日常生活は一変した。近所で営業しているのは、スーパーや薬局など必要最低限の店だけである。あとはすべてが休業を要請された。人々は自宅に閉じこもり、町の様子は文字通りゴーストタウンである。

 若者たちはつい最近まで、コロナウイルスの脅威を真剣に捉えていなかった。今はさすがに違う。しかし彼らが感染拡大に大きな責任を持つのは間違いない。

 経済的な影響は言うまでもなく甚大で、スイス政府は200億スイスフラン(約2兆2000億円)規模の経済対策を実施した。休業中のレストランなど収入がいっさい途絶えた中小企業に対しては、50万スイスフラン(約5500万円)の融資を受けることが可能だ。しかもほぼ無審査で、申し込み後直ちに全額が振り込まれる。融資は無利息で、最大5年間返済が猶予される。国内経済が危機に陥ることを、政府は何よりも恐れているのである。

 私の暮らしはどう変化したか。グランプリジャーナリストとしての仕事は、いうまでもなく激減した。本来なら開幕戦オーストラリアGP、翌週のバーレーン、そして10日後のベトナムGPと、自宅に帰ることなく一度の出張で全3レースをこなすつもりだった。しかし直前になって、コロナウイルス禍の世界的な広がりに危機感を覚え、すべての旅程をキャンセルした。

 もともと私は全グランプリを現地取材しているわけではない。しかし自分からレースに行かないのと、グランプリ事態が延期や中止になってしまうのとは天と地の違いがある。ましてや再開時期もわからず、自由に飛行機に乗ることさえできない。自由のありがたさ、貴重さを、強く感じる毎日である。

 スイスでは高齢者か、病院に行った人だけが検査を受けられる。実は私も数日前、頭痛と息切れを感じていたのだが、特に熱も上がらず咳も出なかったので、病院には行かなかった。なので私自身が感染しているかどうかは、不明のままである

 しかし正直に言えば、陽性なのではないかと今も思っている。こんなふうにウイルスを持ったまま日常生活を送っている人が、スイス国内にはかなりいる印象だ。

 とはいえイタリアやスペイン、ましてやアメリカなどに比べれば、スイスの医療システムは比べ物にならないほどしっかりしている。今後飛躍的に感染が拡大したとしても、それに対する備えは十分にできている。政府の要請をしっかり守る国民性も、ラテン系の国々とは違うところだ。

 このコロナウイルス禍がいつになったら収束するのか、F1がいつ再開できるのか。今は誰もわからない。そんな先の見えない毎日を、外出もままならない状態で送ることで、ストレスも少しずつ蓄積している。しかし世界中でリアルタイムで起きている悲劇からすれば、私は十分に恵まれていると感じている。

スイス・チューリッヒ在住のベテランジャーナリスト、マチアス・ブルナー氏

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Mathias Brunner マチアス・ブルナー
 モータースポーツサイト『Speedweek.com』のリポーターとして、主にF1を取材。初グランプリは1982年カナダGP。以来、510戦を現場取材してきた。スイスのチューリッヒ郊外に、恋人と二匹の猫とともに暮らす。500冊以上のレース関係書籍のコレクションが自慢。好きなグランプリは、3つのM(モナコ、モントリオール、モンツァ)。

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