なぜ喜友名諒、清水希容は圧倒的に強いのか? 元世界女王に訊く、金メダルへの道筋と課題

東京五輪の新種目となった空手。形と組手の個人戦(男女)計8種目が追加種目として採用された。なかでも喜友名諒と清水希容が選出された形は金メダル獲得が大いに期待されている。喜友名や清水は美しく奥深い日本のKARATEの魅力と力強さを世界に示し、頂点に立つことができるのか。現在ナショナルチームのコーチを務める宇佐美里香がその魅力と課題を語る。

(文=布施鋼治、撮影=九島亮、トップ写真=Getty Images)

最も金メダルを取る可能性が高い日本代表

2016年8月4日(日本時間)は世界中の空手家の夢がかなった1日となった。それはそうだろう。スケートボード、サーフィン、スポーツクライミングとともに、東京五輪で初めて採用されることが決定したのだから。

空手の諸流派の大同団結によって1964年に全日本空手道連盟が発足して以来、空手がオリンピック種目になることは選手や関係者の悲願だった。2012年に世界空手道選手権大会で歴史に残る演武を披露して初優勝。現在はナショナルチームのコーチとともに2020KARATEアンバサダーを務める宇佐美里香も第一報を聞くや胸がいっぱいになったという。ただ、そこには、立場ゆえの苦悩も見え隠れしていた。

「私は引退してからすぐアンバサダーをさせてもらいました。その矢先にも空手は五輪種目の選考に立候補したけど、落選してしまった(2013年)。何十年も前から空手が五輪種目に採用されるように活動されていた方々がいることは知っていたので、アンバサダーとして少なからず責任を感じていました」

空手のオリンピック採用を伝えたWKF(世界空手連盟)はイメージ画像として、空手界の"生きる伝説"ラファエル・アガイエフとともに、清水希容(ミキハウス)が形を演じている時の写真を使用している。当時清水は世界選手権を連覇中だったので、すでに空手界の顔と見なされていた。

新型コロナウイルスの影響で東京五輪の開催日時は1年程度延期という流れで進んでいるが、仮に来年(2021年)に開催されるにせよ空手が採用されることに変わりはない。

すでに男女とも日本代表は決まっている。まずは組手。男子は67kg級の佐合尚人(高栄警備保障)、75kg級の西村拳(チャンプ)、75kg超級の荒賀龍太郎(荒賀道場)。女子は55kg級の宮原美穂(帝京大学職員)、61kg級の染谷真有美(茨城県職員)、女子61キロ超級の植草歩(JAL)の6名。

一方、形のほうは喜友名諒(劉衛流龍鳳会[りゅうえいりゅうりゅうほうかい])と清水が選出されている。過去喜友名は2年に1度開催の世界選手権で2014年から3回連続優勝を果たし、全日本選手権では2012年から8連覇を達成している。その実績から東京五輪では"最も金メダルを取る可能性が高い日本代表"と期待されている。

外国人選手にもパワー負けしない喜友名の力強さ

現在女子の形のナショナルコーチを務める宇佐美から見ても喜友名のポテンシャルは高い。

「何よりもずば抜けた迫力を持っているというところが素晴らしい」

鬼神のごとくガッと目を見開いた喜友名の形相は一度見たら忘れられない。トレーニングとして、鏡を見ながら猛獣をイメージして練習することもあるというエピソードを聞いて納得してしまった。宇佐美は「私はライオンをイメージしてやっていると聞きました」と打ち明ける。

「喜友名なりにすごく研究しているんだと思います。『いまよりもうまくなりたい』という思いがあるからこそ、『次は何を研究しようか』という向上心を持ちながらいろいろなところに目を向けている。ライオンのエピソードにしろ、あの凄みを自分の中に取り入れたかったのではないでしょうか。凄みとは何かを追求していくうちに、百獣の王にたどり着いたんだと思います」

宇佐美は外国人選手にもパワー負けしない喜友名の力強さにも注目する。

「喜友名選手は昔からパワーを持っていたけど、そのパワーをさらにパワーアップしている。もちろん筋力的にもそうだけど、技術的にもプラスされているからパワーが増しているんだと感じます。喜友名の体の使い方に繊細さがあるからこそパワーも技術についてきている」

繊細さ? 素人から見るとダイナミックすぎて繊細さは感じられないタイプに映るが、見た目とは違うということ?

「はい、みんなパワーパワーというけど、あの体のしなりや腰の使い方は練習を続けていないとできない。練習の積み重ねに裏打ちされた体のしなりがあるからこそ、最後にパワーを乗せることができる。パワーだけだと、外見だけの形になってしまいますからね」

宇佐美は現在の喜友名を目の当たりにして、体の中から伝わってくる力強さを感じている。

「先生の教えを素直に習得して表現していると感じますね」

喜友名の師匠は佐久本嗣男(つぐお)。劉衛流龍鳳会会長で、72歳になった現在も喜友名ら弟子とともに稽古に打ち込む空手界の鉄人だ。筆者は、昨年佐久本の稽古を見る機会に恵まれたが、衝撃の連続だった。両手を動かすだけで周囲の空気がクルクルと動いているかのように見えるではないか。喜友名が「佐久本先生にはまだかなわない」と吐露したのも頷ける。お世辞を抜きにして、佐久本は空手の達人に映った。

宇佐美は喜友名の世界の頂きに立ち続ける理由として、いつも佐久本が傍らにいることをあげる。「目指している形のモデルが近くにいるということは、ものすごく大きい」。

佐久本の道場には海外から絶えず選手がやってくるという話も頷ける。昨年12月、筆者が訪れた時には喜友名らと一緒に台湾の選手が汗を流していた。宇佐美は喜友名の強さのベースには地元での練習があると睨む。

「佐久本先生はナショナルチームの合宿ではそんなに厳しさを見せないけど、沖縄に戻ったあとの練習の映像を見せてもらったら本当に厳しい。ただ、その厳しいというところで選手を本気にさせたり、燃えさせることができる。そのおかげで喜友名選手はスキのない形ができているんだと思います」

宇佐美の引退後、日本の女王として君臨する清水

一方、女子の日本代表である清水のほうはどうか。宇佐美は「まだ20歳の大学生という立場で世界選手権で初優勝という偉業をなし遂げる前から注目する存在だった」と思い返す。

「私が選手の時にはまだ高校生だったけど、当時から気迫がすごかった。アップの時からそうでしたからね。それに実際の動きもダイナミックで、『怖い選手が出てきた』という感じがしました」

その読みはズバリ的中する。引退した宇佐美からバトンを受け取ったかのように、清水は日本の女王として君臨している。2014年から世界選手権を連覇していることは何よりも清水の実力を証明している。

そんな清水にライバルが出現した。サンドラ・サンチェス(スペイン)だ。以前から名の知られた選手だったが、ベテランの域に入ってから覚醒。2018年に地元スペインで開催された世界選手権の決勝では清水を破り、ライバルのV3を阻むとともに世界初制覇を果たした。

年7回、世界各地で行われるWKF国際大会「KARATE1プレミアリーグ」で清水とサンチェスは毎回激闘を繰り広げ、昨年はサンチェスが勝ち越した。宇佐美は「厳しい状況に置かれている」と言いながら清水を励ますことを忘れない。

「今までの世界選手権2連覇はいいものを出せたという証し。そのことを忘れずに。さらにいま改善している技術を乗せていけば――」

サンチェスに一歩リードを許している原因は何なのか。昨年は呼吸法での減点を指摘されるようになったことも影響しているかもしれない。そのせいで清水は呼吸の仕方を見直さざるをえなくなった。演武中、息を吐き出す際に高い音が出ており、それが減点の対象になっているというのだ。

また競技中、空手着が擦れてシュッと鳴ることが多いが、これも擦れる以外の行為で音を出すようなことがあれば減点の対象となる。これも少なからず影響しているかもしれない。

KARATEの魅力を披露する東京五輪の舞台

宇佐美が音について解説する。「(技の)極めが強いと、音は目立たない。でも、音が目立ってしまい、それを主にしている形は点数を下げられてしまう」。ちなみに同じ空手でも形と組手では空手着の材質が違う。組手の道着は最も軽いもので300gしかないが、形のそれは3kgを越える。つまり組手と形の道着はモノによって10倍も重量が違う。

「組手の道着はすごく薄い。スピードが重要なので、重いと動きにくいですから。組手の道着を着て動いても、音はあまり鳴らない」

その差を確認しようと、宇佐美が着ている道着を触らせてもらう。ある程度厚いという印象があるが、やはり形専門の道着だという。

「これだと、引き手をした時に音が鳴る。汗をかくと、より重くなりますね」

だったら、演武が終わるたびに新たな形専門の道着に着替える?

「いいえ、ゼッケンを貼るので、一つの大会は一つの道着で通します。ある程度汗をかいたほうがやりやすいという選手もいますね」

演武中に発する気合いも発し方に注意を払わないといけない。長すぎると、これも減点の対象になるというのだ。気合いの長さについて佐久本はナショナルコーチ時代、選手たちにこんな説明をしていたという。

「相手を倒す時、エ~~~イとは言わない。一撃で倒すならば、エイッと言うだろ? その時の気持ちをバシッと乗せるような長さで言いなさい」

宇佐美の現役時代は旗判定だったが、オリンピック種目になったことをきっかけにポイント制に変更されたことも大きい。とはいえ、宇佐美から見ると、点数によって勝敗が目に見えるようになってきたことは、選手にとってアドバンテージにもあると感じている。

「選手もどこが悪かったのかがわかるようになり、すぐ改善できるようになりましたからね」

さらに以前は審判が四方に配置される形で演武を見ていたが、現在は前にしか配置されていないことも選手にとっては大きな変化だと捉えている。

「審判が前にいるということは、選手は動きによっては審判に背を向けることもある。中には背を向ける時間が長い形もあるので、その時に気迫が抜けないようにしないといけない。具体的にいうと、後ろ足がブレないような張りが大事だったりする。抜け目ない形がより大事になってきたと思います」

すでに指導者という立場にある宇佐美は清水の見えない武器として心の強さをあげた。

「強い気持ちを持ちながら無駄のない練習をしたらいけるんじゃないかと思います」

もちろん空手界にとって初めてのオリンピックなだけに、予選から何が起こるかわからないことも承知している。

「いつも通りの力を出すのは難しいかもしれないけど、自分で納得できる形をしてほしい」

2024年開催予定のパリ五輪ではフランスでの空手人気が高いにもかかわらず追加競技から落選してしまった。2021年に延期されることになった東京五輪で、喜友名や清水は美しく奥深いKARATEの魅力を内包した正拳突きや蹴りを世間に打ち込むことができるか。

<了>

PROFILE
宇佐美里香(うさみ・りか)
1986年2月20日生まれ、東京都出身。2009年から全日本空手道選手権大会4連覇。2010年に初出場した世界空手道選手権大会で3位、2012年の同大会で優勝を果たす。2013年に現役を引退し、現在はナショナルチームのコーチを務めるなど後進の指導に携わるかたわら、空手の普及活動を行う「KARATE2020アンバサダー」を務める。2018年、武道をコンセプトとし、空手の形とフィットネスを融合した女性専用スタジオ「B.I.F BY NERGY」の公式アンバサダーに就任。

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