カディスDFファリ、「借りたプレステでゲーム大会優勝」エピソードがすごい

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新型コロナウイルスの影響によって試合が中断される中、スペインでは各クラブの選手たちが人気ゲーム『FIFA20』で対戦するトーナメントが行われた。

2部に所属する22チームが行ったのが『Trofeo Ramón de Carranza』という大会で、各クラブの代表がインターネットを通してゲームで対戦。決勝はマラガのイバン・ハイメとカディスのファリが戦い、後者が4-3というスコアで勝利している。試合の映像はこれだ。

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そしてその後、優勝したファリが『Cadena COPE』の『Play Time』という番組でインタビューを受け、こんな話をしたという。

「ゲーム機は持っていないんだ。あれは果物屋のものさ。Wi-Fiは隣人から盗んだもの。テレビも壊れていた。

オビエドとの試合前、娘がボールをぶつけてテレビを壊したんだ。プレイステーションも壊れていたから、カディスで友達になった果物屋が貸してくれた。

いろいろな困難には見舞われたが、トーナメントに勝てたよ。運があったと言わざるを得ない。イバン・ハイメはスペインのチャンピオンだし、彼に勝てたことは大きな成果だ」

「いい選手に勝ったから、何かいいものが得られるだろう。僕は2階でプレーしていたんだけどね。ゴールを祝いすぎて膝を壊しそうになってしまったよ。

リーガのトーナメントで優勝したマルコ・アセンシオと試合ができるかどうか確認したいね。彼ならテレビが壊れても問題ないだろうね。5つか6つは持っているだろう」

(2015年にヒムナスティック・デ・タラゴナと契約したが、それまでは?)

「僕の人生は映画や本にするにはいいだろう。その経験すべてが精神をとても強くしてくれた。君がピッチ上で3ポイントを奪おうとするなら、僕を殺さなければならないよ。

16歳で結婚し、17歳で父親になった。ジプシーはとても早く結婚してきたものだ。妻は14歳だった。

これまで多くの苦しみを経験してきた。僕は26歳だが、35歳のように見えるよ。カディスで4年契約を結ぶまではね。妻は僕から離れなかったし、今やジプシーはいい人生を送っている」

「2015年にヒムナスティックのスポールディレクターをしていたエミリオ・ビケイラから電話があって、タラゴナに行かなければいけなくなった。

その際には父親のバンを使ったが、ジャンク屋の仕事で使うものだったから、5〜10ユーロ分のガソリンしか入れたことがなかった。

長い旅をしなければならないから満タンにしてくれと言って、ガソリンを入れた。するとタンクが壊れてしまって、燃料計が動かなくなった。

バレンシアからタラゴナに行くまで5時間以上かかったよ。到着したとき、ヒムナスティックの会長とビケイラが僕の叔父を見た。身長2メートルで、髪の毛が下半身まで伸びて、ふくらはぎにマドリッドのクレストのタトゥーが入っている叔父をね。

会長は『一体誰なんだ?』と話し、ビケイラは『彼はヒムナスティックの新しい選手だ』と答えた。

戻る際の交通費については代理人に請求する必要があった。これが僕の最初のプロ契約で、それまではお金を稼いだことがなかった」

(2016年にバルセロナのBチームに貸し出されたね)

「ヒムナスティックではあまりプレーできていなかった。なのにバルセロナから誘いがあったときには、頭がおかしくなったね。あのようなチームでプレーすることを想像できなかったから、喜んで受け入れた。

そのときにはセグンダBだった。僕がそこに行ったとき、みんなが音楽をかけて踊っていた。『踊っていて何になるんだ』と言って、僕はラジカセをぶっ壊した。みんなが僕の方を見ていた。自分は22歳だったが、もう35歳のようだったよ。

お前ら、俺達はやれるんだ。走らないやつにはブチ切れるぞと。それから、7試合無失点勝利をし、グアルディオラやルイス・エンリケの記録を破り、降格圏を抜け出し、プレーオフ進出まであと一歩まで行った。

その翌年には2年延長のオファーを受け、バルサBとともに2部へと上がったよ」

(公約は?)

「試合でゴールを決めたら、携帯電話を買うつもりだ。持っていないから、SNSもやっていない。『こいつは時代に適応できていない』と言われると思うよ。

カディスの会長は、携帯電話を持ったことがないと伝えると『買ってやる』と言っていたよ。同僚はみんな僕のことをクレイジーだと言うんだ」

スペイン語ではあるが、インタビューの音声もCadena COPEでは公開されている。あまりにも衝撃的な内容で、ファリは一気にファンを増やしたようだ。