中東大油田地帯、機能不全の危機  新型コロナ感染拡大で原油再び高騰か

By 藤和彦

米ノースダコタ州にあるシェール層で、石油を掘削する作業員=2013年7月(ゲッティ=共同)

 米WTI原油価格は1バレル=20ドル台半ばという18年振りの安値水準で推移している。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な流行)で世界の原油需要が2割(日量約2000万バレル)以上減少すると見込まれているからだ。

 ▽三大産油国、協調難しく

 このような状態に慌てふためいているのは、世界の三大産油国である米国、ロシア、サウジアラビアである。トランプ米大統領の呼び掛けで、サウジアラビアは4月2日「OPECプラス(OPEC加盟国とロシアなどの産油国)の緊急のテレビ会議を6日に開催する」と発表。新型コロナウイルス危機前の世界の原油需要の1割に当たる日量1000万バレル以上を減産する取り組みが始まった。

 だがロシアのプーチン大統領が3日、原油価格の急落について「サウジアラビアが増産や値引きを発表したことが原因だ」と批判した。これに対し、サウジアラビアのファイサル外相が4日、「まったく真実と異なる」と反論するなど両国の対立は早くも表面化している。

 加えて世界最大の原油生産国である米国がこの協調減産に参加することが不可欠だが、米国内では「協力する用意がある」との声が出始めている一方で、「法律上の制約から実現は困難である」との見方が一般的である。

 史上最大規模の協調減産の枠組みが成立しなければ、原油価格は1バレル=20ドル割れとなる可能性が高い。このような低油価は今後も続くのだろうか。

昨年10月に辞任表明を行ったイラクのアブドルマハディ首相

 ▽イラクの動向に注目

 WHOは2日、「中東地域で新型コロナウイルスの感染者が急増しており、封じ込めの機会が失われつつある」と警告を発したのが気になるところである。

 中東地域で最も新型コロナウイルスが蔓延(まんえん)しているのはイランだが、米国の制裁により原油の輸出量は日量約30万バレル(輸出先はシリアと中国)に激減しており、世界の原油市場に与える影響は少ない。

 筆者が注目するのは、OPEC第2位の原油生産国であり、日量約380万バレルの輸出量を誇るイラクである。4月2日付ロイターは「イラクの新型コロナウイルス感染者は公式発表をはるかに上回る規模で急拡大している」と報じた。これはイランとのつながりの深さが災いしている。イラクの医療システムは、数十年にわたる制裁や戦争などにより限界状態にある。

 昨年10月には、アブドルマハディ首相が「国内の混乱を招いた」として辞任表明を行った。が、その後現在に至るまで後継政権が出来ず、無政府状態が続いている。財源の95%を原油販売代金に依存していることから、直近の原油価格急落でイラク政府の歳入は半減しており、「イラクは内戦勃発の瀬戸際にある」との懸念が強まっている(原油情勢に詳しいニュースサイトであるOILPRICEによる)。

 イラクでは3月中旬、新型コロナウイルスのせいで南部の油田(日量約10万バレル)が操業停止に追い込まれた。国内の治安悪化もあいまって、今後原油生産量が大幅に減少する可能性が高まっているのである。

サウジアラビア南東部・シェイバ油田にあるサウジアラムコの石油貯蔵施設=2018年5月(ロイター=共同)

 ▽感染、イエメンから大油田地帯に波及か

 OPEC第1位の原油生産国であるサウジアラビアも心配だ。東部の大油田地帯はシーア派住民がマジョリティーを占めていることから、イランとの往来が多く、一部地域は3月上旬から封鎖されている(原油の生産活動には支障は生じていないとされている)。

 サウジアラビアがさらに警戒しなければならないのは、南部の国境を接しているイエメンでの新型コロナウイルスの感染拡大である。サウジアラビアが主導するアラブ連合軍が内戦に介入してから5年が経過したが、イエメンでは数万人が死亡し、コレラ流行など深刻な人道危機が起きている。

 イエメンでは6日現在、新型コロナウイルスの感染は報告されていないが、国連は3月下旬「紛争をやめ、生命を守るための本当の戦いに注力すべきだ」と危機感をあらわにしている。

 新型コロナウイルスの感染拡大を食い止めるための手洗いは、今や日常的な光景となっている。しかし内戦で荒廃し清潔な水が非常に乏しいイエメンの数百万の人々にとっては、手が届かないぜいたくな行為である(3月26日付AFP)。

イエメンの首都サヌアで、新型コロナウイルス感染拡大防止のため男性の体温を測る医療関係者=3月24日(ゲッティ=共同)

 ▽忍び寄る「不景気での原油高」

 イエメンでの新型コロナウイルスの感染爆発は確実な情勢であり、これがサウジアラビアに波及するのは時間の問題だろう。

 サウジアラビアでは2012年にMERS(中東呼吸器症候群)が発生し、多くの犠牲者が出た。当時のWHOは同国の公衆衛生レベルの低さを問題視していた。

 イラクに加えて、サウジアラビアで新型コロナウイルスが蔓延し、隣接するアラブ首長国連邦(UAE)やカタール、クウェートなどアラビア半島での原油生産にも悪影響が及べば、世界の大原油地帯(日量2000万バレル以上)が新型コロナウイルスのせいで封鎖されるかもしれない。

 リーマン・ショック後の2011年、リビアの政変による供給の大幅減を材料に大量のマネーが原油市場に殺到し、原油価格は1バレル=100ドル超えとなった。

 新型コロナウイルス不況下でも世界の中央銀行が再びマネーを大量に放出していることから、中東地域での未曽有の地政学リスクが火種となって「不景気の下での原油高」というワーストシナリオが生じてしまうリスクが生じているのではないだろうか。(独立行政法人経済産業研究所上席研究員=藤和彦)

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