東京五輪延期「痛み伴う複雑なパズル」 水面下で動いた世界陸連セバスチャン・コー会長

取材に応じる世界陸連のセバスチャン・コー会長=2019年5月

 新型コロナウイルスの世界的な感染拡大で、東京五輪・パラリンピックの1年延期が決まった。各国選手やオリンピック委員会から予定通りの開催方針に批判も起こる中、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長(66)=ドイツ=に延期を求める書簡を送り、水面下で再考を促したのが世界陸上競技連盟(世界陸連)会長のセバスチャン・コー氏(63)=英国=だった。このほど共同通信などとのテレビ電話形式インタビューに応じ、2012年ロンドン五輪を大会組織委員会会長として成功に導いた経験を踏まえ、史上初の五輪延期について「痛みを伴う決断。いかに複雑なパズルで困難なものだったかもよく分かっている」と全面的に支持した。(共同通信=田村崇仁)

 ▽選手の不安

 ―IOCのバッハ会長に書簡を送って延期を求めた理由は。

 「多くの陸上選手と話した結果、彼らは新型コロナの感染拡大で不安を抱え、練習環境も確保できず、公平な競争にならない厳しい状況と判断した。今夏に五輪をしようとすれば『勝ち目がない闘い』でもあった。先行きは誰も読めない。書簡は既に公開されているが、各国・地域の陸上連盟と共通理解の下で提案した。IOCにとっても建設的な形で理解を得るのに役立ったと思う」

 ―IOCの決断のタイミングはどうだったか。

 「これは簡単な決断ではなかった。多くの関係者が絡んでおり、招致決定から7年の準備期間も知っている。もっと早く決断すべきだったかどうかは分からないが、不安定な選手の立場を考えれば今回の決断を歓迎する」

東京五輪・パラリンピックの延期が決まり、現在日時の表示に変更されたJR東京駅前のカウントダウン時計=3月25日午後

  ▽世界陸上延期は可能

 ―五輪の延期は1年程度で十分だと思うか。

 「私は専門家でも科学者でもないが、来年の五輪延期に同意するし、心から開催を望んでいる。今、最も重要なのは選手に十分な時間を与えること。ボランティアや大会役員の助けにもなる。最優先事項は選手たちが安全な状況で競技会に戻ってくることだ。今季の陸上シーズンも9月以降に再開を探っている。五輪の開催日程で一番は最も持続可能な時期に決めることで、全員の納得を得るのは難しいだろう」

 ―来年8月に米オレゴン州ユージンで開催予定の世界選手権は。

 「この状況は誰も予想できなかった。柔軟な対応が非常に重要。複雑なジグソーパズルになるが、五輪の新たな日程に合わせ、延期は可能だ。2023年大会(ブダペスト)との2年連続開催でも異例とはいえ対応は可能だ」

 ▽ドーピングに警鐘

 ―新型コロナウイルスで社会が混乱する中、世界反ドーピング機関(WADA)のドーピング検査態勢に影響はあるか。

 「反ドーピング態勢は何も変わらない。選手たちへのメッセージは『今、ドーピングのフリーゾーン(規制範囲外)にいると考えるな』ということだ。WADAには高度な情報網、臨機応変な監視システムがある」

 ―既に五輪出場権を持っている選手の扱いは。

 「陸上の五輪予選プロセスは2019年1月から始まったが、その資格を維持するとIOCとも確認した。残りの選手については安全の確保を最優先しながら、できるだけ早く公平で透明な出場権獲得のプロセスを検討したい」

2020年3月27日、電話形式のインタビューに応じる世界陸連のセバスチャン・コー会長=ロンドン(共同)

 ▽大会準備はマラソン

 ―ロンドン大会の経験から東京組織委員会にアドバイスを。

 「1年の延期はチームを再編成し、真の挑戦となる。大会準備は短距離でなく、マラソンのようなものだ。ロンドン大会のチームは最後に疲れ果ててしまった。東京のチームは心身ともリカバリーするために一呼吸置く必要があり、心身の力を蓄えて再スタートしてほしい。私も東京五輪の調整員会メンバーでもある。最高水準の組織であることは間違いない。2020年より2021年の方がより素晴らしい大会を開催できると願っている」

 セバスチャン・コー氏(英国) 陸上男子1500メートルで1980年モスクワ、84年ロサンゼルス五輪と2連覇した元スター選手。引退後は政界に転じて国会議員を務め、2012年ロンドン五輪では大会組織委員会会長を務めた。英国オリンピック委員会の元会長。2015年に国際陸連(現世界陸連)会長に就任。63歳。

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