危機対応、リーダーが陥りがちな三つの落とし穴 国のコロナ対策から学ぶ「最悪」招く組織の悪弊

 新型コロナウイルス感染症の脅威が拡大する中、日本政府の危機対応は失敗ではないか、との批判が高まっている。突然の公立学校への休校要請や緊急事態宣言への対応、休業補償対策の遅れや深刻なマスク不足など、安倍晋三首相のリーダーシップが問われている。発表の唐突さや説明不足もあり不安と混乱が広がっている。危機対応を専門としてきた経験を踏まえ、新型コロナを例に取り、組織のリーダーが失敗しがちな三つのポイントを解説したい。(危機管理広報会社・エイレックス社長=江良俊郎)

緊急事態宣言後の記者会見を終えた安倍首相。右は菅官房長官=4月7日夜、首相官邸

 ▽バッシングされる組織の姿勢

 失敗しがちな一つ目は、初期段階で最悪の事態を想定せず、必要な対策が取られないことだ。

 新型コロナウイルスの感染が国内で確認された当初は情報も少なく、致死率は低いとされていた。国内の専門家や有識者、メディアを含めやや甘く見てしまった面は否定できないだろう。しかし初期段階で最悪の事態を想定しておくことは、危機対応において最も重要であることを強調しておきたい。

 企業の危機対応でも同様だ。企業内で発熱した社員がPCR検査で陽性となり、感染が確認されたと仮定し、想定しうる最悪の事態を考えてみよう。

 例えばこんな具合だ。社内調査の結果、①感染した社員は自粛を求められていたのにプライベートで海外旅行に行き、②帰国後、症状が出ていたのにライブハウスを訪れ、③その後、クラスター感染が発生し、自社の社員を含め多くの人が感染、④そのうち何人かが死亡、⑤ネット上では既に企業名が特定されていたのに当該企業は公表せず、風評被害と批判が拡大、⑥ビジネスや採用活動にも影響が出る-。

 最悪の事態を考えず、もしくは「そんなことは起きないだろう」と考え、「保健所が公表する必要がないと言っているから自ら公表しなくてもいい」と構えていると、いざ明るみに出たときに社会からバッシングを受けることになる。自分の生活圏に感染者がいるのか、感染はどれだけ広がっているのかについて社会の関心は極めて高いからだ。

 さまざまな角度から想定できるリスクを洗い出し、十分な準備をしていれば不測の事態にも対応できる。「悲観的に考えて、楽観的に行動する」。これが危機対応の要諦である。「最悪の事態」を想定せず、準備もできていないと、その都度方針を協議することになり、対応の遅れが生じてしまう。

JR新橋駅前=4月8日

 一般の生活者も同じだ。「私だけは感染しない」「都市封鎖までは起きないだろう」ではなく、感染した場合や都市閉鎖に陥った場合を考えて準備しておきたい。

 ▽日本と海外で違うリスク想定シナリオの描き方

 外資系企業と国内大手企業の緊急対策会議に出席すると「今後の想定シナリオ」の描き方の違いにしばしば気づく。日本企業では今後の対応についてさまざまな検討がなされるが、「最悪のシナリオ」については十分検討されないことが多い。

 現場担当者から「最悪の場合は・・」といった意見が挙がっても「そんな事態にまでならないだろう」「悲観的なことを考えていると思われたくない」「何とかなる」という暗黙の了解が大勢を占める。

 東京電力福島第1原発事故を巡る国会事故調査委員会(国会事故調)は、事故は「明らかに人災」であると指摘し、上述したような日本企業や組織の特性を問題視している。

 一方、外資系企業の場合は、外国人を中心に最悪のシナリオを遠慮なく話題にし、緊急事態対応プランとしてまとめられる。

成田空港に到着した乗客を誘導する検疫官(手前)=3月9日

 ▽埋め込まれた言霊信仰

 私はこの国民性からくる考え方、判断の違いの背景に、日本人特有の“言霊信仰”があると考える。日本人組織の特性をリーダーは理解しておきたい。

 不吉なこと、悪いことはなるべく考えない。言ったら本当にそうなってしまいそうだから口にしない―。実際、ある組織の対策会議で、経営幹部が「縁起でもないことを口にするな。根拠はあるのか」と部下をいなす場面に出くわしたことがある。

 当事者同士では、“言霊信仰”はより強化されてしまう。「同調圧力」と言われるものだ。このような中ではリーダーは思い切った策を決断できなくなってしまう。二つ目のよくある失敗のポイントだ。

 今回の感染症対応を巡り「大規模な策を取れば、社会や組織が大混乱する。そんな事態に陥ってもいいのか!」といった議論が、あなたの属する組織で起きなかっただろうか。

 初期に大都市圏だけでも強力な感染症対策を始めていたら、現在のような大規模な感染拡大には至らなかった、との指摘もある。平常時は「調整型」のリーダーでも、非常時は「大胆な決断、実行」が求められる。組織のトップには、どのような結果になっても結果責任を引き受ける覚悟が求められる。

マスク姿で通勤する人たち=4月8日、福岡市の西鉄福岡駅

 ▽求められる第三者の視点

 前述のように、福島の原発事故の背景として「日本の文化」「国民性」が指摘されている。同調圧力を排除し「最悪の事態」を想定するには、利害関係の少ない、外部の専門家を交えて議論し、提言してもらうことは、とても有効だと感じる。

 ところで、今回の新型コロナウイルスに対する政府の対応では、「専門家会議」が設けられ、クラスター感染、オーバーシュート(爆発的な患者急増)の可能性などの点でリスクシナリオを予測し何度も丁寧に説明していた印象だ。求められていた役割に対して大きな効果があったのだろう。

 しかしながら「専門家会議」は感染症の専門家が多く、例えば、都市閉鎖の場合の社会の混乱といった議論はあまりなされていないようだ。日々の暮らしをどう維持するかといった社会政策の専門家や教育現場の人たちも入れるべきだったのではないか。最悪のシナリオの議論に加え、社会・経済機能への影響を最小限にとどめる施策の準備が同時に必要となってくるからだ。

新型コロナウイルス感染症対策専門家会議を終え、厚労省で開かれた記者会見=4月1日

 ▽軽視されるリスク・コミュニケーション

 危機管理においてコミュニケーションは大変重要だ。しかしおろそかにして失敗するケースが後を絶たない。これが、三つ目のポイントだ。

 組織のリーダーの間では、事件・事故、不祥事発覚など有事の際に必要となるクライシス・コミュニケーション(危機管理広報)の重要性はよく知られている。危機発生後にメディアを含むステークホルダーに対して情報提供し説明責任を果たさなければ、存続さえ脅かされるからだ。

 非常時のコミュニケーションにはもう一つ、「リスク・コミュニケーション」という考え方がある。一般生活者がリスクを正しく認識し、行政機関あるいは企業などと情報共有することが目的だ。

 リスクとは不確実性である。従ってリスク・コミュニケーションでは、想定した「最悪のシナリオ」に至った場合、そのシナリオをコントロールする施策、準備の状況も伝えなければならない。

 東京都は4月3日、政府が7日に緊急事態宣言を出すのに先立ち、宣言された場合の対応方針を説明した。このように事態が悪化したり、新たな問題が発生したりした際、どのような対応を取ることになっているかを丁寧に伝えることで、市民の備えや安心感につながる。

記者会見する東京都の小池百合子知事=4月3日、東京都庁

 ▽政府発表に欠けていたもの

 政府の場合はどうだっただろうか。危機的状況になる前に、「危険情報」を国民と広く共有することができていただろうか。一斉休校要請を例に振り返ってみたい。

 2月27日、安倍首相は突然、全国全ての小中学校、高等学校、特別支援学校について、春休みまでの臨時休校を要請し大きな波紋を広げた。国民の危機意識がより一層高まったのは間違いなく、この点は評価できるだろう。一方で、この件でよく聞かれたのが「急に子供が休校になっても家庭で対応できない」という親の声だ。

 共働き家庭の多い昨今、子供に留守番をさせるわけにもいかず、祖父母や知人に無理を言って面倒を見てもらったり、無理して仕事を休んだりといった対応に追われた家庭が多い。仕事を休むことで得られなくなった報酬はどうするのか、今後の見通しが立たない中で対応に走った人々の不安は計り知れない。

 時間的な猶予がなかったとしても、2月27日の要請の段階で、安倍首相は一斉休校による家庭や社会への影響を、果たしてどこまで見据えていただろうか。推測になるが、この時点では、具体的な保障の方針が定まっていなかったため明示できなかったのだろう。

 厚労省は3月2日になって、臨時休校に伴い保護者が仕事を休んだ場合に賃金を補償する制度の概要を発表。3月10日には企業に属さないフリーランス労働者向けの支援策も打ち出された。

 「リスク・コミュニケーション」の観点からいうと、2月27日の要請や同29日の首相会見の時点で、これら対応策について概要だけでも説明しておくべきだった。子供のいる労働者の心理的負担は大きく軽減されていただろう。

東京・渋谷のスクランブル交差点=4月4日(共同通信社ヘリから)

 ▽リーダーに求められること

 このように危機の際の情報開示には、スピードだけでなく、正確性や具体性を求められる場面も多い。情報開示に消極的だと受け止められると、かえって不信と不安を広げることになる。企業における危機発生時も同様だ。情報開示のスピードと正確性(具体性)のどちらを優先するかは状況によって異なる。そこでリーダーの決断力が求められるのである。

 一般的には危機発生時の最終的なゴールは、最短期間で、ダメージを最小に抑えることである。そのために、危機発生時に必要なのは、①最悪の事態の想定、②リーダーシップを発揮すること、③「リスク・コミュニケーション」と「クライシス・コミュニケーション」の実践といえる。

 平時から危機管理の重要性を認識し「最悪の想定」をすること、そのうえで担当部署や外部の専門家と連携・協力し、強力なリーダーシップをとることが重要だ。

 新型コロナウイルスに関する対応は依然続いており、対応の是非を評価できる段階ではない。安倍首相をはじめとする国のトップには、引き続きリスク・コミュニケーションとクライシス・コミュニケーションの両面でリーダーシップを発揮することが求められる。

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