「背番号8」なのにゴリゴリのストライカーだった5人

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今日は4月8日。背番号8を着けたストライカーたちを取り上げてみる。

ズラタン・イブラヒモヴィッチ

8番時代:インテル 2006~2009

彼を単なるストライカーと定義するのは無理があるかもしれない。若い頃から破格のスケール感を持った怪物だった。ちなみに、加入当時のインテルの9番はフリオ・クルス。

イブラはバルセロナに移籍することになる2009年のプレシーズンには10番を着けた。

アドリアーノ

8番時代:ローマ 2010-2011

中田英寿ともプレーした怪物レフティ。

ヒデも着けたローマの8番を着けたが、出場したのはわずか8試合のみ。お腹周りが…。

ヤン・コレル

8番時代:ドルトムント 2001-02

チェコ代表として暴れた2メートルを超える巨漢FW。代表ではバロシュ、クラブではロシツキーとホットラインを形成した。

アンデルレヒトでも8番だった彼はドルトムント1年目に同じ番号を着用。2年目から9番に変更している。

アンディ・キャロル

8番時代:ウェストハム 2012-13

リヴァプールでは失格の烙印を押されてしまった大型ストライカー。

ハマーズ加入1年目に背負ったのは、8番だった。ちなみに、当時9番だったのはカールトン・コール。

ルート・ファンニステルローイ

8番時代:PSV 1999~2001

「ファンバステンの再来」と謳われた、オランダサッカー史に残る名ストライカー。

元々はセンターバックをやっていたが、ユース時代のコーチがFWにコンバートしたという経緯がある。

ちなみに、中村俊輔ともプレーしたヤン・フェネホール・オフ・ヘッセリンクもPSVの8番を着用。

彼も長身だったが、実は元々はウイングでセンターフォワードとして起用されるようになってブレイクした選手でもある。

ちなみに、フェネホール・オフ・ヘッセリンクという非常に長い名前は、17世紀にフェネホール家とヘッセリンク家が合流した際にどちらの名前を残すか決められず、両方の名前を「または(オフ)」という意味を持つ単語で繋げたことによる。

彼らのほかにも、ロビー・ファウラー、モリエンテス、ミヤトヴィッチ、コッラーディ、ハリス・セフェロヴィッチ、ホセバ・ジョレンテらも8番を着けたことがあるFWたちだ。