【消えた選抜からの道3】全寮生が帰省した日本航空石川 “遠隔指導”で逆境を逆手に

日本航空石川は全寮生が帰省した

選抜大会中止決定の翌3月12日、野球部員は地元に帰省した

 新型コロナウイルスの感染拡大で大会史上初の中止となった第92回選抜高校野球大会。今なお収束の兆しは見えず、夏の予選をはじめ先行き不透明な状況が続く中、各校の監督、選手はどんな思いで日々を送っているのか。早い段階から全校生徒の地元帰省という決断を下した、ほぼ全寮制のマンモス校・日本航空石川の中村隆監督に、スマートフォンを活用した遠隔指導と超ポジティブなモチベーション維持法を訊いた。

「うちは理事長と校長の判断が迅速で、帰省に関しては大きな混乱はなかった。もちろん各部活動の責任者や教員間での会議もしましたが、最終的にはトップダウン。こういうときに先々を読んで動けるリーダーがいるのは心強いですね」

 全校生徒数688人。石川県能登半島に位置し、ほぼ全寮制に近い環境の同校だが、政府が全校休校を要請した3月2日には一般生徒全員を実家に帰すなど即座に対応。新学期が始まった現在では以前から導入していた通信教育アプリを活用し、自宅学習を進めている。

 一方、センバツ出場を控えていた野球部は一般生徒の帰省後も寮に残って練習を続けていたが、祈りも虚しく3月11日には大会中止が発表された。

「中止の旨が発表されてすぐ、部員68人全員を食堂に集めてミーティングをしました。正直、僕自身開催されるものと思って準備をしてきたので困惑はありましたし、生徒たちはなおのこと。茫然とする者、うなだれる者、涙を浮かべる子もいた。『受け止めるしかないね』という話をしました」

 野球部員も翌12日には地元へ帰省。当初は気持ちを切り替えるための一時的な里帰りで、新学期からは活動を再開できると考えていたが、事態は収束するどころか拡大の一途をたどり、現在に至るまで約1か月あまり、選手の顔を見られていない。迅速な対応の反面、選手の心のケアも心配される中、中村監督は68人の部員全員と電話やラインでやり取り。最近は気持ちを切り替え、自ら練習動画を送ってくる部員も多いという。

「68人もいるのでなかなか大変ですが、全員と2回以上は個別にやり取りをしました。そのほか週1回の全体ラインで練習のアドバイスや健康に気をつけるようアナウンスしている。リモートトレーニング? 確かにそうかもしれませんね」

強豪校では異例の長期休暇「引退後の半年で伸びる選手もいる」

 石川県高野連は春季大会開催の決定を今月11日としており、このまま春季大会が中止されれば選手の集合はゴールデンウィーク明けの5月中旬頃の予定だという。石川県は比較的感染者の少ない地域。私立高校の中には変わらず全体練習を続けている学校もあるが、春季大会中止なら約2か月間の長期休暇となる。このハンディキャップをどう捉えているのか。

 中村監督は「確かに、今となっては寮に残っていたほうが安全だったという考えもできます。能登からは1人も感染者が出ていないし、学校や寮は町からは隔離されている。練習も問題なくできたでしょう」と認めつつも、意外にもこの状況をポジティブに受け止める。

「こんなことを言ったら怒られるかもしれませんが、不安よりもむしろちょっと楽しみなんです。1か月の休みって高校野球ではありえないでしょ。ただ、不思議と引退してから大学に進むまでの約半年で、驚くほど伸びる選手がいる。それは、それまでの管理された練習から、自分で考えたことを実践できるだけのまとまった時間があるから。思い切ってフォームを変えてみたり、新しいことに挑戦してみたり。今回の帰省期間がそうなることだってありうる。劇的に伸びて戻ってくる奴がいると思うんです。今必死に練習してる学校と、2か月間何もできなかった学校、後者のほうが劇的に伸びたら面白いでしょ。選手にもそう話しています」

 迅速かつ柔軟な指導姿勢と、逆境を逆手に取る思考法。選手たちは日本各地に散りつつも、再会の日まで個々の力を磨いている。(佐藤佑輔 / Yusuke Sato)

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