新型コロナウイルス、長い闘いへ 政治、経済から見たトンネルの先

By 内田恭司

 安倍晋三首相は7日夕、新型コロナウイルスへの感染急拡大を受け、ついに東京、大阪、福岡など7都府県に対し、特措法に基づく緊急事態を宣言した。経験したことのない未曽有の事態となったが、はたして終息は見通せるのか。この先、経済や政治にはどのような影響が出るのか。トンネルの出口の先を展望してみた。(共同通信=内田恭司)

新型コロナウイルス感染症対策本部の会合で緊急事態を宣言する安倍首相=4月7日、首相官邸

  ▽終息への道

 まずは事態の行方だ。7都府県を中心に相当な感染者がいるのは間違いない。それなのに宣言発令の翌朝も主要駅は出社する会社員が列をなした。今後も感染拡大は続くだろう。全国で1日の陽性確認が千人を超えるなどして危機感が一層強まり、オフィス街の人影がまばらとなって、初めて収束に向かうのではないか。ただ、それでも完全終息には至らず、夏や秋に第2波、第3波に襲われる可能性もある。日本や米国、欧州諸国などが総力を挙げて取り組む治療薬やワクチンの開発が今後の鍵を握ることになる。

マスク姿で通勤する人たち=4月8日、東京・品川駅前

 今回、安倍首相が宣言に踏み切ったのは、人々の移動や接触を抑えなければ、まさに「感染爆発」となり医療崩壊を招くと判断したからだ。政府の専門家会議メンバーで北海道大の西浦博教授は、移動・接触を8割減らせば感染者数を劇的に減らせると試算した。

 小池百合子都知事の異例の外出自粛要請で交通機関の利用は最大で6~7割減ったとの分析も出た。そこで、緊急事態宣言を出して一気に8割を達成しようというわけだ。安倍政権としては、5月の大型連休(GW)までに流行を収めたい意向だ。多くの学校が連休明けの再開を見据えており、経済の「V字回復」が急務との事情もある。

 だが、感染拡大を抑え込んでも終息までは見通せない。3月の痛恨の3連休のように、気を緩めれば今後も各地で集団感染は起こり得る。感染者が累計で数万人に達する事態となる可能性もある。宣言が奏功し、GWで緊急事態が解かれたとしても、それで終わりではない。ウイルスとの長い闘いが待っていると覚悟する必要がある。

 一方で日本をはじめ、世界の主要国が特効薬の開発に着手した。メガファーマ(巨大製薬会社)やバイオベンチャーによる集中投資、治験プロセスの政策的加速で、開発速度は上がるだろう。各国の臨床例を集約し、有力な既存薬を組み合わせた「標準治療」が確立される可能性もある。早ければ数カ月で、遅くとも年内には展望が開けてくると期待したい。

治療への効果が期待される抗インフルエンザ薬「ファビピラビル(商品名アビガン)」(富士フイルム提供)

  ▽リーマン・ショック時の失敗

 経済面でいえば、世界は2008年のリーマン・ショック級かそれ以上の危機に直面していると言っていい。日本も国内総生産(GDP)をはじめとする経済指標が大幅に悪化するだろう。緊急事態宣言でもコロナ禍が収束しなければ、V字回復は画餅となる。

 ただ、「特効薬の開発が進めば」との条件が付くし、国債発行による財政の悪化に留意する必要もあるが、政府主導による短期的な回復は可能だ。水ぶくれの観はあるが、6兆円の現金給付を含む、事業規模で108兆円もの緊急経済対策は即効性がある。米欧が「戦時」から抜け出し、さまざまなモノの需要や人の往来が戻れば、日本経済を回復軌道に乗せることもできるだろう。来年の東京五輪の特需につなげるシナリオも見えてくる。

 問題はそこからだ。コロナ・ショックを奇貨として、経済に抜本的な新陳代謝を起こすことができるのか。少なくともその道筋を付けることができなければ、日本経済は五輪後に待ち構える「崖」から転げ落ち、いよいよ停滞と衰退に陥らないとも限らない。

空の便の大量欠航を受け、旅客機が並ぶ羽田空港の駐機場=3月31日午後(共同通信社ヘリから)

 リーマン・ショックは、巨額の財政出動でいち早く立ち直り、ITへの大規模な資本投下で先端産業を開花させた中国が、その後の世界経済をけん引する契機となった。米国では回復過程で世界中から成長期待の資金を引きつけ、巨大IT企業群のGAFAの屹立(きつりつ)と、あまたの未上場有力ベンチャー企業(ユニコーン)の誕生につながった。

 しかし、日本では11年に東日本大震災という惨事があったとはいえ、安倍首相が「アベノミクス」を推進したのは13年からだ。機を逸したのは明らかで、中国と米国のようなイノベーション主導による産業構造の大転換は起こらなかった。欧州とともに、いまだに低需要と低金利、低インフレと低成長に沈んでいる。

 安倍政権の新型コロナ対策は泥縄的でスピード感に欠けると批判を浴びているが、緊急事態宣言発令に伴う「市場との対話」は、結果としてうまくいった。危機感を高めて心の準備をさせ、各界から早急な発令への要請が相次いだところで宣言に踏み切った。当初言われた暴落は起きず、むしろあく抜け感から株価は上昇した。

緊急事態宣言を前に371円上昇した日経平均株価の終値を示すボード=4月7日午後、東京都中央区

 今後、止まらぬ感染者増と社会不安の増大で、株価が大幅下落する展開もありえる。ただ市場が、この緊急事態が落ち着けば成長シナリオに戻れると織り込んでいるのは確かだ。

 先に記した抜本的な新陳代謝の手段としては、5G(第5世代移動通信システム)やその先の6G、AI(人工知能)や量子コンピューターといった最先端技術によるイノベーションの推進が真っ先に浮かぶ。日本が完敗したクラウド技術から、立ち上がったばかりのブロックチェーンへの本格的な移行も起きるだろう。米中対立の核心部分だ。安倍政権は災い転じて新時代を切り開いていけるのか、指導力がまさに問われる局面だ。問答無用で財政と資本を集中投下するしかないのではないか。 

 ▽衆院解散のシナリオ

 政治においては、コロナが政局になるかは、まさに事態が収束するかどうかにかかっている。緊急事態を宣言したのに「感染爆発」を起こした場合、安倍首相の政治責任は重大だ。特措法に「都市封鎖」の強制力を持たせなかった上、宣言の発令が致命的に遅れたことで災禍を招いたとして、厳しい批判にさらされるのは確実だ。経済のV字回復も不発に終わり、日本経済が戦後最悪のマイナス成長に陥れば、間違いなく進退に直結する。

 ただこれは首相から見て「最悪のケース」であり、実際は何とかコロナは収束し、経済も回復軌道に乗せられるという、もっと穏やかな道筋をたどるのではないか。安倍首相は辞任を迫られず、21年夏の東京五輪後での「花道退陣」をにらみ、政局の主導権を握り続けることになるが、ここで取り得る道は大きく分けて二つだろう。

 一つは、世界でコロナ危機が劇的に退き、秋以降に経済のV字回復が本格化した場合だ。支持率を上げ、求心力を高めた安倍首相は、秋の臨時国会で全世代型社会保障を仕上げ、米大統領選の結果も見届け、中国の習近平国家主席を国賓として迎えたタイミングでの衆院解散を狙うのではないか。12月から来年1月にかけての総選挙はありえる。

 自民党内には、首相が圧勝すれば、党総裁任期を限定的に22年9月まで1年延長した上で途中退陣し、意中とされる岸田文雄政調会長に「禅譲」するシナリオも描けるとの声もある。任期途中の総裁選は、「派閥の論理」が幅を利かす所属国会議員による投票が主体となり、ライバルの石破茂元幹事長を封じられるからだ。

 総選挙で首相は、今夏の都知事選で再選が確実視される小池知事と「コロナ克服、五輪成功」を旗印にタッグを組み、小池氏が将来の首相候補に浮上すると見る向きもある。

政府の緊急事態宣言を受けて記者会見する東京都の小池百合子知事=4月7日、東京都庁

 一方、コロナの猛威は収まるものの終息には至らず、経済も回復の緒に就いたばかりの場合は、安倍首相が解散に踏み切るのは難しい。来年の通常国会が始まれば、7月の五輪開幕を控え、解散はますます困難になる。そのまま閉幕後に退陣し、総裁選に勝利した候補が新首相として、ほぼ任期満了での衆院解散・総選挙に臨むことになるのではないか。

 ただ変数が動けば政局の見通しは変わりうるし、誰が首相になっても明確なビジョンに基づいてリーダーシップを発揮する必要があるのは言をまたない。今は与野党を問わず、新型コロナウイルスを克服し、ダメージを受けた経済を回復させることに全力を注がなければならない。検証は必要だが、批判ばかりをしている時ではない。

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