【高校野球】緊急事態宣言でどうする? 甲子園V監督の指導法「一番のポイントは選手の自覚」

高校日本代表コーチも務めた大藤敏行氏(右から2番目)【写真:編集部】

広島堂林、阪神伊藤隼らを育てた享栄高・大藤監督は選手の自覚を促す

 新型コロナウイルスの感染が拡大する中、愛知県は9日、県独自に緊急事態宣言を出すことを決定。今月19日までとしていた小中学校や県立高校の休校期間を5月6日まで延長する考えを示した。県内の高校野球の現場でもこの措置にならい、練習中止を決断する高校が相次いでいるが、この時期の練習不足は3か月後に迫った夏の予選にどう影響するのか。長らく中京大中京で指揮を執り、2009年夏に全国制覇、現在は享栄で指導にあたる大藤敏行監督に、この夏の展望と今だからこそできる教育を聞いた。

 愛知県が緊急事態宣言を出すことを決めた9日、享栄ではゴールデンウィーク明けの5月6日までの休校が決定。野球部の寮生14人はこの日、荷物をまとめて実家に帰省した。

「これまでも短時間の練習はしていました。平日は朝夕のラッシュの時間を避けて10時に学校集合、そこからバスでグラウンドに移動して、2時には解散。土日も昼ぐらいには解散という感じで。ただ、緊急事態宣言となるとそうもいかない。親御さんが心配するのも当然のことで、寮生は今日帰宅させました。県内には教え子のいる学校があちこちにありますが、どこも似たような状況ですね」

 中京大中京で春夏通算9度甲子園に出場し、2009年には全国制覇に導いた名将。それだけに2018年、ライバル校の享栄に赴任する際には大きな話題を呼んだ。グラウンド内外で多くの経験を積んだ指揮官は、この状況でどんな指導を行っているのか。

「一番のポイントは選手の自覚でしょうね。今年は例年以上に自主自立の強いチームが夏の中心になる。自主性っていっても、選手任せの伸び伸び野球のことではなく、要はどれだけ個人が技量を高めたいかということ。トヨタなどで行われている、『plan・do・check・action』の頭文字を取ったPDCAサイクルをウチも取り入れているんですが、こういう時こそ選手自らが計画を立てて実行、評価、改善する力が問われる。不安や、やる気が起きないという気持ちもわかりますが、その中でやらなきゃいけないこと、今できることを個々の選手がどれだけできるか。それが選手の自主性だと思ってます」

野球は究極の個人プレー、それをチームにするのが監督の仕事

 全体練習ができないことに悩むのではなく、それぞれが割り切って個人練習を極めること。夏を目前に控えたこの時期、チーム連携に時間が割けないことに不安も残りそうだが、そこには大藤監督なりの考えがある。「僕は野球は究極の個人プレー、その集合体だと思ってるんです。みんなで一つのことをやるのではなく、一つの目標に向かわせつつも、個々の能力や得意分野を伸ばしていくことが高校野球のチームプレー。実際、3拍子揃った選手なんかは滅多にいなくて、せいぜい2拍子がいいところ。2年半で短所を直すのは難しいので、あとは2拍子の組み合わせでチームを作る。これは監督の仕事ですから」。

 さらに「愛知は春の大会が中止になりましたが、今の高校野球でデータがないっていうのは大きい。極端に寒い年や、週末に雨が多い年なんかは練習試合が組めず、番狂わせが起きやすくなる。状況としては今年はそういう年。享栄は24年甲子園に出ていないので、選手には『こういう時こそ逆にチャンスだぞ』と言ってます」と状況を分析する。

 30年余りの指導者人生ですら類を見ない状況にも、冷静にチーム作りを進める大藤監督だが、夏の大会開催にも暗雲が立ち込めているのが現状だ。こんな時だからこそできる教育とは何か。難問にも明快な答えが返ってくる。

「言い方は悪いですけど、僕は野球なんて所詮ガキの毬(けまり)遊びだと思ってるんです。こんなこと言うと、野球を冒涜するのかって怒られそうですけどね。野球っていつかは辞めるじゃないですか。早ければ高校、プロまで行ったってせいぜい35歳で引退して、そこからコーチや解説で野球だけで食っていける人間が何人いるか。いずれ人として社会の中で生きていかなきゃいけない。それをどれだけ学べるかの手段に過ぎないんです。中京大中京のとき、教え子が4人続けて打者でプロに行った。全員高校通算50~60本打った、その50~60本の陰で打撃投手が何万球を投げたか。控えの子が何万回ボールを拾ったか。それがどれだけありがたいことか分からなかったら、プロに行く資格なんてないんですよ。だからこそ、今野球ができないこの時間が何よりも大切なんです」

 母校を離れた今も、ぶれず、戸惑わず。かつてのライバル校のグラウンドでも前例のない状況でも、指揮官の信念は変わらない。(佐藤佑輔 / Yusuke Sato)

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