【非常事態への心構え】『日本沈没』など小松左京原作映画が示すもの

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コロナ・パニックに心も疲弊しがちな昨今ではありますが、こうした状況にリアルに接し続けていると、ふと小松左京のSF小説を原作とするパニック映画の数々を思い起こすことがあります。

小松左京はSFに限らず多彩なジャンルの小説を世に遺した才人ですが、そのオールマイティな才覚ゆえにSFを題材にしても世界の実情を背景としたリアル・シミュレーション的要素を携えつつ、いずれは人類にもたらされる処々の危機にどう対峙していけばよいのかを示唆してくれているように思えます……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街456》

どうせ自粛で外に出られないのならば、この機会に“おうちシネマ”で小松左京原作映画群を見返してみることにしました!

映画『日本沈没」で描かれる

総理大臣の理想像

小松左京の小説で最初に映画化され、大ヒットを記録したのが1973年の森谷司郎監督作品『日本沈没』です。

これは文字通り、地殻変動で日本列島そのものが海面下に沈んでしまうという未曽有の危機に対し、人々はどう対処していったかをシミュレーション的に描いたもので、SFパニック映画ではありますが、同時に秀逸なポリティカル・サスペンス映画としても屹立しており、後々の『シン・ゴジラ』などにも多大な影響を与えたと思しき作品です。

1970年に日本万国博覧会が催されて“明るい未来”が示唆されたものの、73年に入るとオイルショックなどで一転して社会不安がもたらされていた時期、物理的に日本沈没そのものが怒り得るか否かはともかくとして、タイトルの響きからして日本で生きる者たちに油断禁物とでもいった覚悟の念をもたらしてくれていたように記憶しています。
(同時期には1999年7月に地球が滅亡すると記した“ノストラダムスの大予言”も一大ブームを呼び、これも1974年に映画化されました)

その後もこの作品、1980年代バブル期のような見た目が華やかな時代には、日本独自の特撮を駆使したSFパニック映画として大いに楽しめたものですが、1995年の阪神淡路大震災や2011年の東日本大震災などの大災害が起きた直後に接すると、日頃の心構えみたいなものを身震いさせながら呼び起こさせてくれるものがありました。

このように時代によって見え方が違ってくる『日本沈没』ですが、コロナ・パニックが世界中を席捲する今は、やはり政治家がいかにこの緊急事態に対処していったかに焦点が注がれてしまいます。

この作品、前半は日本沈没の兆候をいち早く察知した田所博士(小林桂樹)と潜水艇の潜艇士・小野寺(藤岡弘)を中心にストーリーは展開されていきますが、中盤の東京大震災の惨禍以降は、山本総理大臣(丹波哲郎)による緊急避難対策“D計画”=日本人の海外脱出政策がメインに描かれていきます。

貫禄があってさっそうとしながらも人間味豊かで、一方では震災で死去した妻から「何事もなく、一番目立たない総理で終わると思っていたのに」(ちなみに、これと似た台詞は1984年版『ゴジラ』にも出てきます)と彼岸の彼方から囁きかけられる山本は、まさに理想の総理大臣ともいえるもので(東京大震災で350万人の犠牲者を出したことの責任は負うべきでしょうが、そのこともちゃんと彼は胸に刻んでいます)、本当にこういう頼もしい存在が今の政府にいてくれれば……と思わず嘆息させてしまうものまであります。

「何もせん方がええ」から始まる

日本人のレスキュー

そんな山本総理のD計画をひそかにバックアップするのが“箱根の老人”と称され、戦後日本の政財界の黒幕として暗躍してきた100歳を超える渡老人(島田正吾)です。

彼は3人の識者に“日本民族の将来”なるD2計画の基本要綱3パターンを作らせますが、それとは別に3人が下した付属的な、しかしながらこれこそが真の結論なのであろうと察知させる意見を山本に伝えます。

「このまま何もせん方がええ」

1億1000万人がこのまま日本とともに海に沈んでしまうのが、日本および日本人には一番良いことなのだという結論は驚愕的ではありつつ、どことなく日本人のメンタリティに即している感もあります。

そして山本は愕然となりつつも、この言葉を基軸に一人でも多くの日本人を救おうと腐心していくのです。

いわゆるマイナス思考からの出発は、安易なプラス思考よりも信じられるものがあるのではないでしょうか。

(少なくとも本当に今「何もせん方がええ」と嘆きたくなるような政策ばかりを講じ続けている、どこぞの国の政府よりも……)

一方ではD計画に携わる中田(二谷英明)が「何もしないよりは3%や5%は多く助かる。1億の5%でも500万人です」と説くシーンもありますが、双方の台詞は同義と捉えてもいいでしょう。

このように本作は印象的な台詞が多数出てきます。

渡老人から「科学者にとって一番大切なことは何かな?」と聞かれた田所博士は、即座に「カンです」と答えます。

そもそも渡老人も、毎年自宅にやってきては巣を作るツバメが昨年の7月に去って以降、今年はついにやって来なかったことから、いち早く日本の不穏を察知しています。これもまたカンであり、人間に秘められた才能であることまで本作は示唆しているのです(現に、それを告げるナレーションも出てきます)。

まもなく日本が沈むことを知っている小野寺が心の声で絶叫する

「来年になったら春は来るだろう。しかし夏は分からんぞ。秋はもっともっと分からん」

は、今まさに自分たちが直面している危機とも呼応するようにも聞こえて、他人事ではないものすらもたらします。

しかし一方では山本総理が放つ

「爬虫類の血は冷たかったが、人間の血は温かい」

この一言にささやかな未来の希望を託すことも可能です。

このように、優れた映画には優れた台詞がつきものであることの好例が、本作であるともいえるでしょう。

なお『日本沈没』はその後もテレビドラマやラジオドラマ、樋口真嗣監督による同名リメイク映画(06)も存在しますが(余談ですが、小松左京公認の筒井康隆によるパロディ小説『日本以外全部沈没』も、リメイク版『日本沈没』と同じ年に河崎実監督のメガホンで映画化されています)。

そして2020年の今年、ネットフリックス配信のwebアニメーションも製作中で、まもなく配信開始されていく予定となっています。

やはり今の時代が『日本沈没』を求めているのかもしれません。

混迷する今の時代こそ

小松原作映画のリメイクを!

『日本沈没』以外にも小松左京の小説を原作に作られた映画として、以前ご紹介したウイルス兵器の漏洩によって南極大陸の観測員863人を残して世界が滅亡してしまう深作欣二監督のSFパニック・サバイバル映画超大作『復活の日』(80)があります。

これなどはまさにコロナパニックの今リアルに映えわたるものがありますが、一方で本作は戦後の東西冷戦を背景にしていて、これは冷戦による第3次世界大戦の危機が身近なものとなっていた1960年代前半に原作小説が執筆されていることとも無縁ではないでしょう。

また東西冷戦に伴う世界各国のスパイの暗躍を背景に1960年代は007をはじめとするスパイ映画が大流行しましたが、それを受けて小松左京がスパイと超能力者(エスパー)を掛け合わせて書いた小説『エスパイ』も1974年に映画化されています。

そして小松左京自身の製作総指揮・脚本で製作にあたった橋本幸治監督(彼は『日本沈没』の助監督でもありました)のSF大作『さよならジュピター』(84)は、木星を爆破させることで地球に接近するマイクロブラックホールからの危機を回避しようとするミッションに対して、過激な自然環境保護団体のテロが始まるという、これも鯨やイルカ漁の問題など今の日本と世界の関係性を予見した内容でしたが、映画全体としては『ロミオとジュリエット』に倣ったかのような恋愛エピソードが大きなマイナスになっています。

なぜか突然東京一帯が謎の雲に覆われてその中に入れなくなってしまうことからもたらされる危機を描いた舛田利雄監督の『首都消失』(87)は、原作にないメロドラマの要素を大きく加味したことで本来のシミュレーション・パニックものとしての醍醐味が薄れてしまったきらいはあります。

私見としては『エスパイ』『さよならジュピター』『首都消失』とも映画全体の出来としてはムムム……なところが大いにあって(特に後者の2本)、それこそ『シン・ゴジラ』的なリアル・シミュレーション的センスでリメイクしてもらいたいと願ってやまないほどでもあります。

ただし、いずれも今のCG全盛の時代の映画では醸し出し得ない、手作りの特撮の心地よい味わいがあります(特に『首都消失』でのおよそ100トンのドライアイスを用いた雲の表現は一見の価値ありでしょう)。

今の時代を鑑みながら『日本沈没』を含めたこれら小松左京原作映画を見直してみてはいかがでしょうか(もちろん原作小説も!)

(文:増當竜也)