「今できること全力で」 熊本地震経験 コロナ禍も また笑える日信じて 鎮西学院高女子サッカー部 坂田美優、常友梓帆(熊本出身)

熊本地震を経験して「サッカーができる日常を大切に思うようになった」という坂田(左)と常友。コロナ問題も前向きに乗り越えようとしている=諫早市、鎮西学院高グラウンド

 熊本地震の発生から14日で4年。毎年この日を、特別な思いで迎えるサッカー少女たちが長崎県内にいる。鎮西学院高3年の坂田美優(みゆう)と常友梓帆(しほ)。熊本市出身の2人は甚大な被害を受けた益城町のクラブチームで育ち、練習後のグラウンドで被災した。「震災を境に、サッカーができる日常を大切に思うようになった」という2人は、新型コロナウイルスの問題も前向きに乗り越えようとしている。

 ■野宿した夜
 坂田はキープ力、常友はスピードを持ち味にするストライカー。今年1月の全日本高校選手権は8強入りにあと一歩まで迫り、2月の九州高校新人大会は全国上位常連の神村学園高(鹿児島)を破って準優勝したチームの主力として活躍している。
 そんな2人がサッカーを始めたのは、熊本に住んでいた小学生のころ。すぐに夢中になり、毎日暗くなるまでボールを追いかけていた。中学2年になったばかりのあの日もそうだった。
 2016年4月14日午後9時26分。練習が終わり、後片付けをしているときだった。不意に「ドン」と縦に揺れ、直後に視界が激しく左右に振られた。
 常友はこのとき、グラウンドの隅までボールを探しに行っていた。「大変なことが起きたとすぐに分かった。周りに誰も見えない場所だったからとても怖かった」
 揺れが収まると、誰が言うでもなくグラウンドの中央に集合した。スマートフォンから次第に明らかになる情報で、益城一帯に大きな被害が出ていると知った。周りの道路は地割れがひどく、余震の心配もあった。その日はグラウンドにブルーシートを広げて、みんなで不安な夜をやり過ごした。坂田は実家が損傷したため、数日間は車中泊を強いられた。
 震災の影響でスポーツ大会の中止が相次ぎ、2人が所属していた「益城ルネサンスFC」のジュニアチームも練習できない日が続いた。中学卒業後に上がる予定だったトップチームは、スポンサーからの支援が止まって活動休止に追いやられた。先が見えなくなった。
 そんなとき、競技を続けるチャンスをくれたのが鎮西学院高だった。15年のインターハイで3位入賞した強豪校は、当時から技術が高かった2人に注目して勧誘。2人は再びサッカーに打ち込める環境に身を置くことができた。「まだ苦しい時期だったのに、気持ち良く送り出してくれた」。両親への感謝もまた、大きかった。

 ■前を向いて
 高校1年時からそろってレギュラー入りした2人は、寮生活を送りながら順調に成長。それに伴ってチームの成績も上向き始めていたが、新たな問題が起きた。新型コロナウイルスだ。全国の強豪チームと戦えるはずだった春先の大会は続々と中止に。高校最後の年は、4年前と同じように、満足にサッカーができない状態で迎えた。
 でも、休校措置が続いている都府県がある中、長崎県は3月下旬から部活が再開された。あの地震の後は思い切りボールを蹴る場所もなかった。「みんなとサッカーができるだけでありがたい」。坂田は現状に喜びを見いだすことができる。
 常友も思いは同じだ。一斉休校で3月に帰省した際、中学生のころ通った練習場の近くで、損壊したまま放置されている民家を見かけた。「まだ復興は途中なんだって実感した。そんな中で好きなことをやらせてもらっている。頑張らないといけないな」
 スポーツ大会再開のめどは立たず、県高総体の開催も危ぶまれるなど不安は尽きない。それでも、4年前を経験した2人は前を向き、今できることに全力を注ごうと決めている。つらいことの後には、必ずまた笑える日が来ると信じて。


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