新型コロナ対策で「鎖国」する中国政府 多くの人が帰国できない実態を知って

中国四川省成都の国際空港で、入国者の旅行歴などを調査する防護服姿の税関職員ら=3月26日(共同)

 新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るっている。米ジョンズ・ホプキンズ大の集計によると、新型コロナウイルスの感染者は世界全体で200万人を超えた。死者も13万人を上回っており、被害拡大が衰える気配はない。一方、感染源と見なされている中国は3月12日に―真偽のほどはともかく―「流行のピークは過ぎた」と発表。日本で緊急事態宣言が発令された4月7日の翌日となる8日に世界で初めて新型コロナウイルスの感染が拡大した湖北省武漢市の封鎖措置を解除した。

 だが、3月上旬に中国・北京市の自宅に戻るはずだった筆者はいまだ一時帰国中の日本を出られずにいる。新型コロナウイルス感染者の入国に神経をとがらせる中国政府が次々と対応を変えているからだ。(共同通信特約=佐藤清子)

 ▽「輸入型感染」

 「いつになったら、自宅に帰ることができるのか」。今日もそんなことを考えながら、一日が過ぎていった。日課となっているのが、中国外務省と北京市のホームページを閲覧すること。中国に帰国しようとする人に関する対応に変化がないかを確認するのだ。

 北京市と上海市は3月3日、日本からの入国者に自宅や指定ホテルでの14日間の経過観察を求めると発表した。2月末に中国国内における新規感染者数が減少傾向になったことを受けて、外国からの帰国者による「輸入型感染」への警戒を強める中国政府の意向に沿ったものといわれている。ここから、筆者は猫の目のように変わる入国管理政策に翻弄(ほんろう)されることになった。

 まず、日本を含む重度感染地域から到着する旅客に対し「14日間の自宅待機」か「集中医療観察」を義務付けた。3月10日以降は日本からの航空便の乗客に対して空港とは別の場所で検疫を行うように変更。異常がなければ当局が用意する車で帰宅し、自宅で自主待機することになる。対象はその後、北京に到着する全航空便の乗客へ拡大された。

 北京で仕事があった筆者は14日間の自宅待機を覚悟。中国に向かうことを決意した。だが、出発前日の15日に断念せざるを得なくなった。北京市における入国管理が「16日午前0時をもって自宅待機は廃止。今後帰国する者は全員、指定の隔離施設で14日間滞在」と強化されたからだ。

 しかも、1人1泊約1万円も掛かる宿泊費や食費はすべて自己負担という。「(北京市は)新型コロナウイルスを利用してもうけようとしているのだろうか?」。このことを知ったときには、そんな冗談が頭をよぎった。だが、水際対策を厳格化させたことで筆者を含めた多くの人に入国を思いとどまらせた。効果は確かにあったといえる。

3月15日夜、北京首都国際空港は検疫を待つ帰国者であふれかえった。撮影した友人も列に並んでいたが、感染の恐怖に襲われていたという(C)Navitees

 ▽徹底される対策

 困るのは、新型コロナウイルスに対する施策が毎日のように変更されることだ。加えて、発表から実行までは早いもので24時間以内、遅くとも48時間以内と猶予がない。それゆえ、毎回のように混乱が起きる。今回は、留学先の欧米や日本などでの感染拡大を不安視した多くの学生が帰国したタイミングと重なったことも相まって、検疫所に向かうバスを待つ人たちで空港があふれかえった。

 中国政府の発表する感染者数は疑問だらけだが、同国における新規感染者は現在ほとんどが海外からの渡航者とされている。そのため、空港到着時に新型コロナウイルス感染の有無を調べるPCR検査が必須になった。

 さらに、空港の混雑を避けるため北京を目的地とする国際線は周辺都市の空港に着陸させて乗客への検疫を実施するように変えた。検疫で「症状などがない」と判断された乗客はもとの便に再び搭乗して北京に入れるようにする。例えば、内モンゴル自治区経由となった東京発の北京便では105人の旅客のうち、北京へ到着できたのは19人だけだった。残りは内モンゴル自治区で隔離されることになったという。

 中国政府は発給済みの査証(ビザ)や居留許可証を持つ外国人の入国を28日から禁止した。事実上の「鎖国」措置だ。新型コロナウイルスの発生当初は中国人に対する他国の入国制限を批判していたことがうそのようだが、輸入型感染を阻止するためそれだけ懸命なのだろう。

封鎖措置が解除され、国旗を振りながら中国・武漢の空港を利用する医療従事者ら=8日(AP=共同)

 ▽イメージ回復

 なぜ、そこまで必死になるのだろう。新型肺炎の騒動で無期延期となったままの全国人民代表大会(全人代)を早期に再開したい習近平政権の思惑があるとされる。だからだろう。友人によると、中国国内では感染終息をことさらに強調する動きが見られる。テレビでは新型コロナウイルスの感染者を収容するために急造した臨時病院の閉鎖を伝える映像や激務から解放される医療関係者や警察官が笑顔でマスクを外す広告が流れ続けているという。

 世界から非難されてきた「感染源」のイメージを払拭(ふっしょく)して、パニックに陥る世界を尻目に一歩先を行く国家としての印象をアピールする作戦が着々と進行しているのだ。

 その裏で、多くの人が中国に戻れていない実態があることを忘れないでほしい。春節の休暇で一時帰国したまま、中国の自宅に戻れなくなっている日本人の駐在員や家族も少なくない。子どもの学校や仕事を始めとして、さまざまに予定の変更を余儀なくされていると聞く。筆者もそうだが、母国とは言え生活の拠点がない状態で先行きの見えない仮住まいを続ける経済的な負担と精神的ストレスは読者の想像よりはるかに大きい。

緊急事態宣言の対応についてテレビ会議する、東京、埼玉、千葉、神奈川の4知事と5政令指定都市の市長。左端は東京都の小池百合子知事=9日夜、東京都庁

 ▽希薄な危機感

 中国の必死な対応に比べ、東京を始めとする7都府県を対象に出された今回の緊急事態宣言はどうだろう。内容を見ると「要請」や「自粛」という言葉が並ぶ。そこに緊迫感を読み取れないのは筆者だけではないはずだ。対象となった都府県の対応も足並みがそろっているとは到底言えない。筆者が中国から一時帰国した2月中旬以降、感じ続けている対応の緩さは今も変わっていない。

 人命を守る。そのための緊急事態宣言ではないのだろうか。世界の至る所で医療崩壊が起き、この瞬間にも人が亡くなっている。理由はともかく、中国はかなりの危惧を抱いて対策を打っている。そこに疑いはない。それに比べ、日本の指導者たちはどうだ。恐ろしいほど危機感が希薄に映ってならない。

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