コロナショックで世界的「通貨安競争」は一時休戦か

今年に入ってから荒れ模様だったドル円相場ですが、4月になり、やや落ち着いてきた印象です。ここでは、もう少し先を見据えて為替市場を展望してみたいと思います。


「有事のドル買い」に一服感

まず、3月の為替市場は著しいドル不足だったと特徴づけられます。「有事のドル買い」という一言では片付けられないほど、すさまじいドルの奪い合いが起こりました。ドル資金確保のため、安全資産とされる米国債や金が換金売りに押されるなど、通常では考えられない事態が発生しています。

ドル円相場はリスクオフムードの高まりとともに、3月上旬に一時101円台前半まで円高ドル安に振れましたが、その後は一転して111円台後半へと水準が切り上がりました。「有事のドル買い」が「リスクオフの円買い」に勝った格好です。

もっとも、その後は米連邦制度理事会(FRB)をはじめ主要国の中央銀行が協調し潤沢なドル資金を市場に供給したため、著しいドル不足は解消されました。結果、行き過ぎたドル高は一服しています。

足元、為替市場は安定しつつありますが、ドル不足の解消に加え、欧米における都市封鎖(ロックダウン)の効果で新型コロナウイルスの感染者数がピークを迎えつつあるとの期待が背景と言えます。

しかしながら、世界的に見ると、日本を含め新型コロナウイルスの感染拡大は続いています。欧米の感染収束への期待についても、多少「希望的観測」という面であることは否めません。今後、楽観ムードの揺り戻しには注意が必要でしょう。そのような状況下で、ドル円相場はどう動くかですが、ドル不足解消に目途が立った以上、「リスクの円買い」という反応が予想されます。

もう一つ気になるのが、原油価格の動向です。4月12日、石油輸出国機構とロシアなどの産油国による「OPECプラス」は、日量970万バレルの協調減産で最終合意したもようです。しかしながら、需要の落ち込みがあまりにも急激であることから、価格の安定が期待できるとは限りません。

通常、原油安が進んだ場合、日本の貿易収支が改善するため、円高圧力がかかりやすいと言えます。ただ、今回はそこまで円高圧力がかからないのではないでしょうか。というのも、今後、輸出金額も大きく落ち込むことが予想されるためです。結果的に貿易収支の改善はあまり期待できず、実需面からドル円相場の方向感は出にくいと思われます。

総合すると、短期的にはリスクがやや円高ドル安方向に傾斜しているとみられますが、3月の上旬のような急激な動きは想定していません。円の高値は1ドル=105円程度とみています。

通貨安競争は一時休戦か

さて、話は変わりますが、最近のトランプ米大統領のドルに対する発言は興味深いものがあります。以前はドル高に嫌悪感を示すような発言が目立ちましたが、コロナショック以降は発言が様変わりしています。

具体的には、3月23日に「米ドルはこれまで他の通貨に比べて強い立場を保ってきたが、貿易を難しくもしてきた」、「しかし、ドル高であることはなんとなくいい気がする」と述べています。また、その後に「ドルは断然最強だ、ユーロは取るに足らない」とも発言しています。

米国は伝統的に「強いドル政策」を掲げてきました。経常赤字と貿易赤字という「双子の赤字」を抱えており、海外からの資金流入が金融市場の安定に必須だからです。ドルの価値が下がっていけば、海外投資家は安心して米国に投資することができません。

結果、多額の米国債の消化に支障をきたすことがあれば、金利が上昇し実体経済にも当然悪影響が及びます。

現在は、FRBが無制限に米国債を購入することを表明していますので、海外資金の流入がなくても利回りが急上昇することはないでしょう。ただし、そう長く続けられる政策ではありません。FRBの役割縮小とともにやはり国債の安定消化には、海外マネーの流入が必要になるはずです。

コロナショックで巨額の財政支出が不可避の状況ですから、これまで以上に「強いドル政策」が求められることになりそうです。各国とも事情は同じで、もはや世界的な通貨安競争は終わったと言ってよいかもしれません。ただし、日本の場合はまだ国内の資金で国債の消化が可能とみられ、多くの国とは事情が異なりそうです。

なお、トランプ大統領は米国債市場以上に株式市場への海外資金流入を目論み、強いドルに言及している節があります。株価をできるだけ高水準に保つことが今秋の大統領選に向けて重要であると考えているのではないでしょうか。もっとも、米国大統領選挙が強いドルを望めば、それが実現するほど為替市場は単純ではないでしょう。

一方、これだけ世界中が未曽有の金融緩和を行っている以上、仮に新型コロナウイルスが収束すれば、空前のバブルが訪れる可能性があります。その際、避難通貨とされる円は敬遠されることが予想されます。ドルだけでなく、多くの通貨に対して円安が進む展開がイメージできます。もちろん、その前に乗り越えるべき大きな危機が立ちはだかっていることは言うまでもありません。

<文:投資情報部 シニア為替ストラテジスト 石月幸雄>

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