[大弦小弦]映画に込めた厭戦

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 小学生の頃、映画「時をかける少女」(1983年)を見た。主演した原田知世さんの透明感あふれる演技は、幼さの残る歌声と共に覚えている。背景に映り込んだ瓦屋根の町並みや入り組んだ路地は美しかった

▼故郷の広島県尾道市を舞台にした3部作など、多くの名作を手掛けた大林宣彦監督が82年の生涯を閉じた。斬新な表現で、映像の魔術師と称された

▼宮古島トライアスロンに挑む聴覚障がいの夫妻を描いた「風の歌が聴きたい」(98年)。当時本紙に「苛酷(かこく)なレースの向こうに、人の温(ぬく)もりが待っている」と寄せた。各地の風土や人々の営みに光を当てた作品は真骨頂

▼晩年は戦災や震災を明確なテーマにした。7歳で終戦を迎えた「敗戦少年世代」。何人もの身近な人の死を伝え聞いた。戦争になってからでは遅いのだと、厭戦(えんせん)のメッセージを込めた

▼「映画には必ず世界を救う力と美しさがある」。50歳の時に黒澤明監督から言われたという。実現には400年かかるから、次世代へとつないでほしいと託された。肺がんで余命宣告されてから2作品を完成させた

▼遺作「海辺の映画館 キネマの玉手箱」は戦時にタイムスリップする物語。沖縄戦も取り上げている。戦争をいかに自分事として想像させられるか。時をかけて命懸けで導き出した答えをスクリーンに残した。(大門雅子)