抗マラリア薬は新型コロナに有効か 緊急使用許可出したトランプ大統領、専門家と対立

 米国では、新型コロナウイルス感染症(COVID―19)のために毎日千人以上が命を落とすという日々が続いている。まだ有効性が認められた治療薬がない中で、トランプ大統領は抗マラリア薬のクロロキンまたはヒドロキシクロロキンの利用を勧める発言をし、「効果が臨床試験で実証されていない」とする公衆衛生の専門家らと対立している。

 「どんどん人が死んでいくのだから、臨床試験の結果など待っていられない」と、トランプ大統領は言う。この発言に、なぜ医師らは反発するのだろうか。(テキサス在住ジャーナリスト=片瀬ケイ)

記者の質問に答えるトランプ大統領=10日、ワシントンのホワイトハウス(ロイター=共同)

 ▽治療薬のないCOVID―19

 米国での新型コロナウイルスの感染者数、死亡者数は世界一となり、COVID―19のためにすでに2万4千人以上が命を落とした。日本と異なり、ここでは新型コロナウイルスの感染が確認されても、まずは自宅で療養し、息苦しさなど症状が悪化した場合に病院に運び込まれるパターンがほとんどだ。

 このためCOVID―19による入院患者のほとんどは酸素吸入や人工呼吸器を必要とする重篤な段階。特に高齢者や高血圧、喘息、糖尿病、心臓病などの基礎疾患がある患者は、炎症が複数の臓器に広がり、回復できない例も多い。ワクチンの開発や様々な治療薬の臨床試験が世界中で始まっているが、COVID―19の治療薬として決め手になるものは、まだ特定されていない。

 日ごとに全米の感染者、死亡者数が増えていく中で、「米国のチアリーダー」を自認するトランプ大統領は、しばしば「自分主導のすごいニュース」を発表する。抗マラリア薬のヒドロキシクロロキンがCOVID―19の治療に有効だったという海外の症例を耳にしたトランプ大統領は、治療薬としてクロロキンやヒドロキシクロロキンを「ゲームチェンジャー(形勢を一変させる)」薬だと記者会見やツイッターで市民に売り込むようになった。

新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真(米国立アレルギー感染症研究所提供)

 ▽臨床試験が始まりつつある抗マラリヤ薬

 クロロキンおよび、類似の構造を持つヒドロキシクロロキンは、古くから使われている抗マラリヤ薬。中国とフランスの小規模な研究で、クロロキンとアジスロマイシンを少数の重篤でないCOVID―19患者に投与したら、何らかの効果があったという報告がある。また中国では、クロロキンをCOVID―19の治療薬の選択肢にしている。

 ヒドロキシクロロキンは、クロロキンと同じく抗炎症作用や免疫調節作用があるので、リウマチや全身性エリスマトーデス(SLE)の治療薬として使われている。COVID―19に対しても、ウイルスを殺すのではなく、感染が原因で免疫系の制御が効かなくなる「サイトカインストーム」に作用する可能性がある。

 すでに全米各地で、ヒドロキシクロロキンやその他の薬剤の有効性を調べるためのさまざまな臨床試験が始まりつつある。一般的に大規模な臨床試験は、参加者の登録から、薬を投与して経過データをとり、最終のデータ分析まで通常は1年かそれ以上はかかる。

 「悠長に待っている場合じゃない」という大統領の言葉に、同意する人も多いだろう。しかし医療者ことそ、すぐにでも何とかしたいと強く思っている。それでも臨床試験にこだわるのは、それだけの理由があるのだ。

13日、ホワイトハウスで記者会見するファウチ米国立アレルギー感染症研究所長(左)とトランプ大統領(ゲッティ=共同)

 ▽臨床効果ないとの報告も

 トランプ大統領からの働きかけもありFDAは4月4日、COVID―19の治療に対するヒドロキシクロロキンの「緊急使用許可」を発表した。

 トランプ大統領の言い分は、ヒドロキスクロロキンは、すでにリウマチやSLEへの適応で、米食品医薬品局(FDA)が承認しており、摂取している人がいるのだから安全な薬。人がどんどん死んでいくのに、臨床試験の結果を待っている時間はない。COVID―19に効くか効かないかはわからないが、試してみる価値はあるというものだ。

 さらに臨床試験で有効性が確認されてから、慌てて薬を調達したのでは遅いとして、トランプ政権はCOVID―19治療に向けて、すでに大量のヒドロキスクロロキンを全米の病院や薬局に供給できるよう確保。同薬剤の輸出を制限したインドに自ら掛け合い調達するほどの熱の入れようだ。

 これに対して、米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)のアンソニー・ファウチ所長は、いくつかの事例をもとに薬の有効性や安全性を判断することはできないと主張し続ける。トランプ大統領があげる事例も、どんな状況で使われて、どのように効果があったのかわからない。あくまでも、ランダム化比較による臨床試験をしなければ、効果も安全性も証明できないという立場だ。

 実際、3月末にはフランスの医学誌で、11人の重症のCOVID―19患者に対してクロロキンとアジスロマイシンを投与したが、臨床的な効果は認められなかったという新たな報告も発表されている。さらにフランス国家医薬品安全庁(ANSM)は4月10日、抗マラリア薬のヒドロキシクロロキンを投与したCOVID―19患者に、心臓への副作用事例が多数見られたことを発表した。

 ▽本当の効果、比べなければわからない

 薬剤は臨床試験を通して、どのような病気や症状に、どれだけの量を投与すると安全かつ最も効果があるかを確かめた上で、その特定の病気や症状への使用をFDAが承認している。

 国際的な臨床試験の実施経験が豊富な日本医科大学付属病院がん診療センター部長の久保田馨医師は、「COVID―19は病状の経過がさまざまです。ある薬剤を投与して改善したとしても、自然の経過なのか、薬剤の効果なのか判然としません」と話す。

 客観的に薬剤の有効性を調べるには、ランダム化比較試験が一番だ。これは、同じような状態の患者をランダムに二つのグループに分け、片方には薬剤を、もう片方にはプラセボを投与して、両グループの患者の状態が改善したかどうかをデータで比較する方法。またどのような副作用がどのような頻度でおきたかなど、薬の安全性についても詳しく調べることができる。

 FDAが緊急使用許可を出したことで、米国では医師が患者の状況から適切と判断した場合は、トランプ大統領が勧める抗マラリア薬をCOVID―19の治療で処方することが可能になった。しかし、本当に治療に役立つかどうかは不明なままだ。

 COVID―19のような新たな病気や難治性のがんなどで治療薬がなく、別の病気や症状で効果が承認された医薬品を適応外で試してみたいという場合も、日本では「保険診療の原則からは、その薬剤のみならず、全額自費診療になります。それくらいのコストをかける意義があるのかを考えることも必要です。臨床研究の枠組みとして行って、保険診療の範囲内で、薬剤の供給を受けつつ、データを取ることが必要でしょう」と、久保田医師は説明する。

 これまで多くのことをその場、その場の「直観」で判断してきたトランプ大統領。「私は医者ではないが、私だったら試してみるね。うまくいく気がする」などと記者会見でも発言したが、医療判断は、医師と患者で行うのが鉄則だ。大統領の直観を信じた市民が抗マラリア薬を試すと主張し、思わぬ副作用に苦しむ恐れもある。本当に患者を救う治療薬を見つけるには、時間はかかってもランダム化比較による地道な臨床試験しかないと、医療専門家は知っている。だから、大統領と対立してまでも臨床試験にこだわるのだ。

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