休部のピンチを実りある時間に 履正社女子野球部が取り組む「オンライン部活」

「オンライン部活」を開催する履正社高校女子硬式野球部・橘田恵監督【写真:本人提供】

選抜大会が中止「今まで積み重ねたものを台無しにするのはもったいない」

 新型コロナウイルスの影響により、この春は日本各地で数多くの学校が休校となっている。それに伴い、休止となった部活動も多い。履正社高校女子硬式野球部もその1つだ。グラウンドで白球を追えない日々を、どう過ごしたらいいのか。チームを率いる橘田恵監督が選んだのは、オンライン会議システム「Zoom」を利用した「オンライン部活」の開催だった。

 2014年の創部から指導する橘田監督は、現役時代には仙台大で男子と一緒にプレーしたり、オーストラリアの女子チームでプレーしたり、好奇心旺盛に道を切り拓いていった人物だ。指導者としての経験も豊富で、2018年には侍ジャパン女子代表監督として、ワールドカップ6連覇を達成。履正社高では夏の全国大会で2度準優勝、春の選抜大会では1度優勝を飾っている。

「なんか立ち止まっていられないんですよね」と笑う行動派の橘田監督は、この新型コロナ禍による「グラウンドで部活ができない」というピンチでも動いた。そのきっかけとなったのは、選抜大会中止の知らせに涙した新3年生の姿だった。

「みんな泣いてましたよね。こっちがもらっちゃうくらいに。特に春は、辛い冬トレを乗り越えてきたっていうのがあるんですよね。そこでもう一度『夏に向かって頑張るぞ』と言っていたところで活動を自粛せざるを得ない状況になってしまった。3年目で今までやってきたことを披露するんだって、せっかく1年生から積み重ねてきたものを一瞬で台無しにするのはもったいない。選手はみんなLINEで連絡を取り合っているみたいなんですけど、顔や表情を見ながら一緒に何かをするのもすごく大事だと思って、オンライン部活を始めました」

 4月2日から始まった部活は、最初は15時、次に13時に始まったが、選手たちの希望で午前中になり、今では朝9時から11時まで週6日(火曜日が休み)行われている。部員51人と監督、部長、コーチらが自宅にいながらZoom上に“集合”し、練習に取り組む。慣れないオンライン部活。手探りだった初日は「とりあえず体育の先生らしくラジオ体操から始めました(笑)」。当初は、監督自ら練習内容を実演しようと思っていたが、わずかにタイムラグがあることにも気付き、今では事前に撮ったトレーニング映像や無料公開されているトレーニング動画などを利用して、少しずつ効率よく進められるようになった。

「自分自身がちゃんと準備をしておかないと大変ですね。普段の部活以上に準備が大切です。1対1のやりとりではないので、みんなが『今日、勉強になったな』と思えることが必要ですし、伝えることの難しさも痛感していますね。今まで体に触れながら『この動きやな』と教えていたのを言葉で伝えないといけない。難しいですね。あとは、選手は発言する時以外はミュートにしているので、理解したら両腕で丸を作ってもらうとか大きく頷いてもらうとか、そういった工夫は日々生まれますね」

週6日、朝9時からオンライン部活、生活習慣の乱れを防ぐため選手は“時間割”を作成

 カメラから遠く離れすぎる子がいたり、画面の中をネコが横切ったり、自宅から繋がるオンラインならではのハプニングもあるが、選手からの反応も上々。「充電がなくなる」「あまり思い切り動けない」「声が途切れる」などの課題も見つかったが、「1日の始まりが良くなる」「気が引き締まる」「みんな元気か確認できる」「会えなくても一体感がある」といったポジティブな声が届いているという。「会えないから今だからこそ、お互いにグラウンドで一緒に練習できた時間がいかに幸せであったかを実感していますね」と橘田監督は話す。

 また、週6日、朝9時からオンライン部活をスタートさせるのには、狙いもある。それが「生活習慣の維持」だ。

「学校がない、部活がない、家に籠もっていないといけない、となった時、生活習慣にかなりの差が出ると思うんです。自分で時間をコントロールできる子もいるし、学校や部活があるからどうにかやってこれた子もいる。そこを崩してほしくないというのは、チームとしても、彼女たちと出会った人間としても願うところなので、選手には毎週1回、自分自身の自慢の時間割を作って提出してもらっています。いつ学校が始まるか分からないので、学校に行く時と同じ時間に起きて、夜は早めに寝る。朝9時からの部活以外の時間は、勉強、野球、家の手伝い、好きに使っていいから時間割を作りましょうと。提出はしてもらいますが、できたかできなかったかは各自反省し改善する、そして、自分の心に聞いて下さい、と伝えてます(笑)」

 オンライン部活には、今年入学したばかりの新1年生も加わっている。オンラインで自己紹介を済ませ、画面から2、3年生のレベルの高さを実感。同時に上級生は1年生には負けられないと、互いにいい刺激を受けている。実際にはまだ会ったことはないが、入部当初、新1年生にうれしいプレゼントが届けられた。

「入学式という晴れ舞台がなくなってしまったのが私の中で大きくて、2、3年生に協力してもらって『入学おめでとう』動画を作りました。簡単な自己紹介とおめでとうメッセージを撮って送ってもらって、それを私が編集して1年生に送ったんです。慣れない動画編集がとにかく下手で(笑)。テロップはずれるし、字は重なるし。4日間かけて何とか編集した動画をキャプテンに見てもらったら、『いろいろあるけど、いいんじゃないですか』ってOKをもらいました(笑)」

「休部の前よりも野球の知識が上がっていて、体のコンディションが整えられる集団に」

 これを機に、今ではトレーニング動画や教材用の動画も自分で編集するという橘田監督。慣れない作業も「勉強させてもらってます(笑)」と前向きに捉える姿勢が、選手を惹きつける魅力の1つなのだろう。「直接会ってグラウンドで練習できることが一番」と再認識する一方で、オンライン部活にも大きな可能性を感じているという。

「例えば、1年生に伝えないといけない学校のルールや部活の決まり事は、もともと部活以外の時間でやっていたのでオンラインでも十分ですよね。あとは、サインであったりバントの考え方であったり、日頃グラウンド後で流してきたことを改めて確認するいい時間になっています。紙を配ったり、試合中に見て確認しておいてね、で済ませていたサインを、オンラインで私が実際に出して分かるのかどうか確認したり、このチームではどんな意識でバントをやっているのか確認したり。分かっている選手と、分からないけど聞けないなと思っている選手と、何となく差が出てしまっていた知識やセオリーを確認するためには、いい場だと思います。体力作りの日、知識向上の日、選手が主導で練習する日と、いろいろな使い方ができますね」

 また、選手だけではなく、日頃グラウンドで時間に追われている監督・コーチ陣にとっても、互いの野球観を再確認するきっかけにもなっている。

「教材となる動画を編集しながら、指導者同士でもお互いに大切に思うことが少しずつ違っていることに気付くこともあります。スタッフにとっても考え方のいい整理整頓ですよ。普段のグラウンドでは、高校、中学生のクラブチーム、専門学校と3チームの練習をどう回していくかで手一杯で、それだけでスタッフ間の会話がほとんど終わってしまうんですよ。だから、指導者同士でも共通認識を作れるいい機会になっています」

 グラウンドでの部活がいつ再開するか、先行きはまだ不透明だ。だが、それを嘆くのではなく、最大限に活用するのが橘田流だ。

「確かにグラウンドで集まって練習できるのが最高。でも、今度集まる時に、休部の前よりも野球の知識が上がっていて、体のコンディションが整えられる、時間をしっかり管理できる集団になっているといいなと、それだけを望んでいます。日々模索、日々発見ですね。立ち止まりながらも、今何ができるかを考えて、できることをやっていくことが大事。この先、『あんなこともあったよね』って笑える日が来ると思うので、今はお互い頑張っていければと思います」

 休部期間が終わり、グラウンドで練習を再開した時、履正社高女子硬式野球部がどんな成長を遂げているのか、今から楽しみだ。(佐藤直子 / Naoko Sato)

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