邦人医師が語るニューヨークの〝医療崩壊〟 「日本は手遅れになる前に学んで」

多くの感染者が出ている米ニューヨークの病院で、座り込む医療従事者=1日(ゲッティ=共同)

 患者の命を決定づける決断を毎日迫られる―。新型コロナウイルスの感染者が20日時点で13万人を超えている米ニューヨーク市。その北部にあるブロンクスの総合病院「モンテフィオーレ病院」には感染者が次々と押し寄せている。

 「医療崩壊…だと思う」。同病院に勤務する日本人の集中治療医、コルビン麻衣さん(36)が共同通信の電話取材にこのほど応じた。「日本は手遅れになる前にニューヨークから学んでほしい」と警告するコルビンさんに、初めての患者受け入れから現在にいたるまで、医療従事者たちが直面した〝惨状〟を克明に語ってもらった。(聞き手、共同通信=山口弦二)

 ―はじめにコロナの患者が来たのは。

 

コルビン麻衣さん

「3月11日だった。3月初めにカテーテルの手術を受けた患者で、術後1週間ぐらいで退院したが翌日に発熱し病院に戻ってきた。そのころニューヨークでも感染者が出てきていたので一応検査したら陽性だった。同僚を含め全然コロナを予期していなかった。マスクもしていなかった。患者をケアしていた看護師は自宅待機になったが、2日後ぐらいには人手がすぐ足りなくなり、そのルールはすぐになくなった。濃厚接触があっても症状がない限りは検査もしないし、自宅待機もない。今もずっとそのルール。そうしないと人手が回らない」

 ―その後の増え方は。

 「病院から送られてきたメールによると、4月4日の数字で入院患者が490人ぐらい。3月11日以降、毎日どんどん増えた。これは少し前の数字なので、もっと増えているかもしれない」

 ―病院のベッド数は。

 「もともと約370床だが、感染者が増えるにつれて増床していき、病室自体も増やしている。まずは集中治療室(ICU)。もともと内科系や一般外科系など4種類あったが、それら全てコロナ専用に変えた。それでも足りないので、オペ室と心臓血管集中治療室(CCU)、さらに手技室や会議室などもICUにした。PACU(パックユー=麻酔後回復室)という術後の患者の様子を見るところだけコロナ以外の患者に入ってもらった。一般病棟の数も足りなくなったので、院内の大きな部屋などを工事して患者が入れるようにした」

 ―コロナとコロナ以外の患者の比率は。

 「ほぼコロナ。多分最低でも8割はコロナではないか」

 ―容体が急変するという話をよく聞くが、重症や死亡に至る経緯は。

 「傾向的には、症状が出始めて1週間から10日ぐらいで気管挿管される人が多い」

 ―ネットなどでは「昨日まで回復しそうだったのが翌日急に…」という記述を読むが。

 「回復に向かっていると思った患者がいきなり39・4度や40度まで発熱した例がある。これまで一番高い熱では43・1度という例もあった。体温計が壊れていると思い別の体温計で測ったが、口の中や脇で測っても変わらなかった。発熱し、がくっと血圧が落ちてどれだけ昇圧剤を使っても効かず、亡くなった患者が何人かいる。最初の1週間は同僚含めてみな手探りの状態で、なるべくイタリアや中国など海外の医師のリポートを読み情報を得ようとしていた。でも、ここでは誰も経験していないので、どう対処したら良いのか、何の薬をどれぐらい投与したら良いのかというプロトコルが全くない状態。それで最初、患者を何人か亡くしたが尽くせる手がなかった」

 ―若者はそんなに心配ないという情報もあるが。

 「そうでもない。当初、中国などの報告を読むと高齢者と基礎疾患を持った方が危ないという感じだったが、ふたを開けてみるとICUに入室する患者で一番高齢の方が69歳。40代と50代が多いが、20代や30代もたまに入ってくる。20代の方でも基礎疾患がなくて亡くなった方がいたし、30代で亡くなった方もいる」

 ―トリアージも行っているのか。

 「ICUのベッドがまだ足りないので、必要としている患者からだれを選ぶというのは常に直面している問題。年齢や基礎疾患やBMIなどいろいろ考慮した上で、一番生存の可能性が高い人をICUに入れている。一番死に近い人を選ぶわけではない。何人か待っている中で、もし20代で基礎疾患のない人がICUのベッドを必要としているのだったら、60代の人よりも先に入ってくる。ただベッドがいつ空くか分からないので、患者によっては何日も病棟で待つことになるかもしれない。ICUに入れずにそのまま亡くなってしまう患者もいる」

13日、米ニューヨークで搬送される患者(AP=共同)

 ―ガウンやマスクや手袋は。

 「最初の1~2週間は使う量が激増し足りなくなった。中国の病院の写真を見ると、ハズマットスーツ(化学防護服)のような服を一日中着てケアに当たっていたようだが、こちらはナースステーションに行くときは脱がないといけないので、各部屋に入るたびに着替える。N95マスクも足りなくて個人で入手していた。私も日本の家族から手に入った分だけ送ってもらったり、友人から送ってもらったりしていた。その後、点滴スタンドなどを外の廊下に出し、なるべく部屋に入る回数を少なくしたことで防護資材はセーブできるようになった。国内のほかの医師と情報をシェアする中で学んでいった」

 ―医療従事者の数は足りているのか。

 「普段は外来しか見ていない医師に入院患者のケアを手伝ってもらうなど、もう自分の科とかは正直関係ない。何科であろうがコロナの患者を診ている状態。例えばICUは集中治療の専門医が通常担当するが、ICUの数が倍以上に増えたので当然足りず、みな余分に働いている。それでもカバーしきれないので、心臓外科医や麻酔科、心臓内科の先生に任せているICUもある」

 ―労働時間は。

 「私は元々12時間半のシフトで、午前6時半にスタートして午後7時か7時半に終わるのが普通のスケジュール。コロナが始まっても朝6時半のスタートは基本的に変わっていないが、帰る時間が1~2時間遅れることがよくある。体力的に長い勤務には慣れているが、精神的に疲れる」

 ―精神的に疲れるというのは。

 「せっかく良くなってきた患者が、いきなりがくっと落ちて何も打つ手がないまま亡くしたという経験はこれまでなかった。何かできたんじゃないか、これをすべきだったんじゃないかと考えてしまう。すごくつらいのは、患者の家族が病院に来られないこと。ICUでは普段、家族や見舞いの方が来る時間が決められているが、今はもう誰も入れないので、患者1人で闘っている状態。なるべくテレビ電話を患者と家族とでするようにはしているが、みなができるわけではない。家族の方が画面越しでも患者の顔を見られるように工夫はしているのだが…」

 「亡くなっても会いに来られない。だから、病院に送り込んでから一目も会えないという人が多い。亡くなったことを電話で伝えると、家族は『今から会いに行けるか』と聞いてくるが『病院のポリシーで入れないです』と言わないといけない。ICUの患者に関しては、家族には常に『いつ亡くなってもおかしくない』と伝えてあり、容体が良くなってもまだ安心できないということは常に言っている。希望を持たせても急変することがあるので、あまり良いことは言えない。私はなるべく家族に電話して直接話すようにして、驚かせることがないようには心がけている」

 「今まで以上に大切になったのが、心肺停止になったときにどうするか。(蘇生措置を)全てしてほしいと言われても、ほかの病気なら胸骨圧迫を30~40分続けて蘇生する患者もいるが、コロナに関しては重篤な状態になったら蘇生する前例がまずない。胸骨圧迫は医療従事者へのリスクも高く、やみくもに胸骨圧迫を30分続ける意味があるのか、今までとポリシーが変わった。イタリアのリポートなどを見ていると、人工呼吸器につながれた患者がICUを退出できる割合は2~3割ぐらい。そこまで下がっているので、心肺停止になったときに胸骨圧迫はせず、薬だけでやってみるが、これでダメならそこまでになりますということを家族と前もって話すようにはしている」

 「2~3週間ICUにいて改善しない人というのは退院できる可能性は少なく、その患者をいつまでICUで治療するかというのもいつも悩む。今、こんなにICUが空くのを待っている人がいる状態で、全然改善が見られない患者をキープするべきなのか。その患者を一般病棟に移動させて、ICUに入るのを待っている患者にケアのチャンスをあげるべきなのか。ICUで良くならなかった患者を病棟に送っても多分良くはならない。

 中には抜管を決断する家族もいる。もう十分闘って、回復の見込みがないのだったら、休ませてほしい、抜管が死を意味していてもそれは神の意思だというようなことを言う家族もいる。そういうのが精神的にくる。そういう決断が今まで以上に頻繁にある。

 患者は私にとっては1人の患者でしかないが、誰かのお父さんであったり誰かのお母さんであったり誰かの息子さんであったりするので、自分の家族がと考えたときに、例えば自分の両親が入院していたら、2週間半ICUにいたからといって病棟に送らないで、あと1週間チャンスあげて、あと2週間チャンスあげてとなってしまう。では自分の親がICUのベッドを待っている立場だったらどうかというと、それはICUに入れてほしい…。どちらが正しいというのがなくて、そこが最終的に自分の決断になってしまうのですごく難しい。毎日『あれで良かったのかな』と思う」

 「治療法が分かっていないので(病状が悪化しても)何もできなかったという無力感がある。亡くなる方の数が普段より多いこと。それと患者の命を決定づける決断を毎日迫られること。その二つがつらい。ICUをいつ退室させるというのは指導医の決断になる」

米ニューヨークの緊急仮設病院で準備をする医療従事者ら=8日(ゲッティ=共同)

―現状をどうみているか。

 「患者が増え続けている状態ではないが、ICUはまだ満室で、いきなり数が減ってきたという印象は個人的にはない。医療従事者も精神的にくたびれている。普段と違う景色で、病院の至る所にコロナの患者がいる。普通の人が足を踏み入れたら絶対感染してしまうような状態。うちの病院でも医療従事者だけで100人以上は感染した。自分もいつ同じ目に遭うか分からない。

 自分の周りの人は全て感染していると思うようにして同僚と一緒に食事しない。同僚のいる前では絶対マスクは外さない。同僚同士、症状がないままうつし合っている可能性もなくはない。どこから感染したかというのは結局分からない。共有しているパソコンは全部拭くし、テーブルも拭くし、エレベーターのボタンもドアも肘で押している」

 ―日本が今微妙な時期にある。

 「この惨状を見てきたので、日本が手遅れになったら困る。ニューヨークもここまでひどくなるとは誰も予想していなかった。なってからでは遅い。じゃあどこまで対策をするのか。ロックダウンには経済的なリスクもあるし、後々やり過ぎたとバッシングが出るかもしれないが、別の道はもっとひどい。身の回りで誰も彼も感染していて、重症化している人もいて、死者もすごい数で、手が付けられない状態。

 実際、身近な人が感染しないことには遠い所の話になってしまう。できることは、拡大を食い止めることしかない。それには(他人との間に十分な距離を取る)ソーシャル・ディスタンシングしかない。

 仕事がとか経済がとか分かるが、命あっての経済。本当に大切な人が亡くなるかもしれないリスクを負ってまで、と考えたときに自分の行動を正当化できるのか。後々悔やんでも手遅れ。そうなる前に、周りからの警告を深刻に受け止めて。ニューヨークはちょっと遅すぎたし、ソーシャル・ディスタンシングを全然取っていなかった。中国やイタリアからさんざん言われていたのに結局、真剣にとらえられなかったからこうなった。それは避けてほしい」

閑散とした米ニューヨークの道路=12日(UPI=共同)

 ―今のニューヨークは医療崩壊だと思うか。

 「医療崩壊…だと思う。病院によっては人工呼吸器がなくなったり、点滴を自動的にプログラミングして落とす器具もなくなったりしていて、あり得ない。普段なくなることのない薬が底を突いている。医療崩壊の定義がよく分からないが、普段とは全然違う状態になっている。医療従事者がどんどん感染しているし、みな疲労がたまりストレスもかかっている。長い闘いになると思う。ICUに100人以上患者が入っていて、いきなり空になるわけではない。コロナのせいでがんの手術をできずに亡くなっている人もいると思うし、交通事故でけがをしても、コロナの患者でいっぱいの病院に来れば、間違いなくウイルスに暴露する。ここを見ていると怖い。私も自分がかかっていない可能性がないとは言えないので、家族と関わるのが怖い」

 ―お子さんの様子は。

 「上の子は4歳の男の子と、下の子は6月に2歳になる女の子。帰宅してもマスクを着け、子どもとは別で寝ている。私の息がなるべく外に出ないよう寝るときもマスクは外さない。でも、子どもは状況をよく分かっていないので難しい。上の子は『ウイルスが悪い』と言って、何となく理解しているようだが、下の子は抱っこをせがんでくる。抱っこはなるべくしないようにしているが、泣いてせがんできたらしてしまう。マスクをしたまま、なるべく顔を近づけないようにしている。同僚でもホテル住まいとか、子どもを外に預けている人もいる」

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