【たかつき歴史アラカルト67】織田信長と天神の馬場

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440年前の天正8年(1580)3月、高槻の天神の馬場で鷹狩りを楽しむ武将がいました。天下人・織田信長です。信長は前年に落城したばかりの荒木村重が立てこもった有岡城(兵庫県)の様子を見に行く途中でした。かつて村重は信長に属して摂津をまとめた武将でしたが、天正6年(1578)に敵対しました。このとき、高槻城主の高山右近は村重の配下にあり、まず信長が攻撃の矛先を向けたのは高槻城でした。「信長公記」によれば、西国街道を進む信長の軍勢は天神の馬場に陣を置き、天神山に高槻城攻めの砦をつくろうとしました。信長自身は安満の山に陣を据え、周りに連絡用の砦を築いたといいます。
時代を遡ること永禄11年(1568)、岐阜城から上洛を目指す信長は、京都の南をかすめるように先陣を天神の馬場へと進め、敵対する三好氏の勢力が立てこもる芥川山城を攻撃しました。当時の記録には「芥川之市場」が放火されたとあり、おそらく信長勢が芥川宿に火を放ったものと思われます。この後、信長は足利義昭とともに芥川山城に入城し、畿内を平定した後に上洛を遂げました。
信長は、京都から西へと向かう西国街道を進軍路として用い、天神の馬場で何らかのアクションを起こすことがありました。信長は西国街道の要衝・天神の馬場にゆかりある天下人の一人といえるでしょう。
(しろあと歴史館)