【インタビュー】熱研・山本教授 新型コロナ「社会変革の原因に」 長崎と感染症の歴史

「人間の自然への働き掛けや社会の在り方が、パンデミックの原因となっている」と話す山本教授=長崎大熱帯医学研究所

 〈人類の歴史に爪痕を残してきた感染症の流行は過去、医療の進歩や人類社会の変革をもたらしてきた。一方で、文明化や国際化の進展自体が感染症の流行を拡大した側面もあった。今回の新型コロナウイルス感染拡大は、文明社会の在り方とどう関わり、どんな変化を生み出すのか。感染症の歴史にも詳しい長崎大熱帯医学研究所の山本太郎教授(56)に話を聞いた〉
 元々ウイルス学が専門で、アフリカやハイチでエイズ(後天性免疫不全症候群)を研究していた。あるとき外務省に出向した。実務の中で感染症は“社会的なもの”と気付かされ、克服するのではなく取り込んでいくべきだ、ということを考えてきた。

■比較的新しく
 長い時間軸の中でみると、農耕と定住、野生動物の家畜化が始まって以来、多くの感染症がヒトの中に入ってきた。それまでは、100人くらいの集団がそれぞれ孤立して狩猟をしていて、ほかの集団に感染させることはなかった。感染症は人類史の中で、比較的新しい病気だ。
 そもそも、原因不明の流行病が感染症だと分かったこと自体、たかだか150年ほど前のことだ。それまでは悪い空気が原因だとか、神の天罰だとかいわれていた。それが社会変革の原因となったこともある。
 中世に欧州で流行したペストに対し、人々は自分たちの行いに対する何か大きな力の怒りだと考えたが、祈って生活を改めても病は収まらなかった。結局、流行を阻止できない教会の権威が失墜していく。一方で、人を隔離する力を持つ国民国家が生まれ、欧州の近代化が始まる。

■繰り返す歴史
 感染症に対して免疫を持つこと自体は、悪いことではない。もし免疫を持っていないなら、人が自然の中に入っていくと、ばたばたと倒れる状況が起きる。ヒトほどいろんなところに住んでいる生物はおらず、免疫がそれを可能にしている。最終形は集団免疫の獲得であり、そこまでに、できるだけ被害を少なくすることが重要だ。歴史もこれを繰り返してきた。
 そうした延長線上に、今回の新型コロナウイルス感染症がある。
 現代は、開発のため熱帯雨林に人間が入ったり、地球温暖化で動物の生息域が狭まりヒトとの距離が縮まったりして、新たなウイルスがうつっている。一方で都市が巨大化し、感染症をものすごい勢いで広げる装置として働いている。そういう中でパンデミック(世界的流行)が起こったことが、とても特徴的だ。
 人間の自然への働き掛けや社会の在り方が、パンデミックの原因となり、結果として人間の社会が変革させられていく。感染症の流行は、始まりから終わりまで、人類社会と密接にかかわっている。

■分断か連帯か
 “ポストコロナ”の社会は、明らかに変わっていく。恐らく、情報技術(IT)が前面に出た社会になっていく。ITを活用して人の接触を減らす仕組みなどもそうだ。今、ものすごい勢いで人の行動がトレース(追跡)されている。どこで何をしているかをスマートフォンを通じて監視できる。そういう使われ方が拡大するのか。あるいは、格差のない社会を実現する手段として使われるのか。
 ITはあくまで手段。分断的なものとして使うか、連帯を強固にするものとして使うのかは、われわれ次第だ。
 ドイツのメルケル首相は3月の演説で「隔離、監視は痛みを伴う例外的なものである」と述べた。(自由が制限された社会主義国の)旧東ドイツ出身のメルケル氏だからこそ、痛みを知っている。われわれは、これに自覚的であるべきだ。今は必要だと納得しながら、外出自粛や規制に従っていく。しかし、それは強制的でない方法を目指すべきだし、例外的であるべきだ。

 【略歴】やまもと・たろう 広島県出身。1990年長崎大医学部卒。京都大助教授、外務省国際協力局課長補佐を経て現職。専門は国際保健学、医療人類学。ハイチや東北など震災被災地で支援にも当たった。現在は高地を研究対象に、人の環境適応と病気のかかわりを研究している。日本登山医学会認定山岳医。長崎大医学部漕艇(そうてい)部長。


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